注目の日本ハム・清宮幸太郎は、アリゾナでの初のキャンプの多くの時間を守備練習に割くこととなった
2月半ばのアリゾナで会った日本ハムの清宮幸太郎は、真っ青な空と緑の天然芝に彩られた憧れのメジャーキャンプ地で野球をしているというのに、意外にも、ちょっぴりストレスの溜まった顔をしていた。
無理もない。
あれほど打つことが好きな清宮から、
栗山英樹監督はバットを取り上げていたのだ。キャンプインを前に痛めた、右手親指骨挫傷の影響から、清宮のバッティング練習はしばらくお預けとなっていた。一人だけバッティングをさせてもらえない清宮は、キャンプが始まってからはずっと守備練習ばかりを課せられていた。
これ、まさに、ピンチをチャンスに変える思考の持ち主らしい発想だった。栗山監督はこんなふうに言っていた。
「幸太郎のこと? さすがにチャンス到来、とは思わないけど(苦笑)、今回は『なるほどねぇ、野球の神様、今回はそういう感じできましたか』と思ったよね」
打つことに関して類い稀な才能を持つ清宮が、ルーキーイヤーのキャンプ早々、打つことができないケガをしてしまう。普通ならこれは最悪のシナリオである。しかし栗山監督は、“なるほど、野球の神様はそう仕向けたのか”ととらえる。つまり、今は打たせるよりも守らせろ、どうせ打てないのならバットを触らせずにバッティングへの飢餓感を与えながら、守備だけしかやることがない状況を作り出し、苦手な守りへ意識を向けるべきだ、と考えたのである。わざわいを転じて福となすということだ。
そして、この指揮官の思考回路にはもう一つ、別の思惑もあった。それは、未来をイメージするとき、一番うまくいった場合から逆算してすべての要素を組み立てるという、栗山監督ならではの特徴がもたらしている。その思惑とは何か――それは、清宮幸太郎の開幕スタメンである。キャンプが始まった2月1日の時点で、栗山監督の頭の中には当然、清宮の開幕スタメンがあったはずだ。ファーストには
中田翔がいて、DHには
近藤健介がいる。普通に考えたらそのメンバーの中へ清宮が割って入るのは容易なことではない。しかし栗山監督は、中田も近藤も、清宮も、すべて並び立たせるイメージを当たり前のように描き出す。
そのために、清宮にはオープン戦からある程度、打ってもらわなければ困る。しかし、18歳の清宮がプロでもすぐにガンガン打ててしまえば、守備への意識が希薄になったとしても不思議ではない。そうなる前に、守備をちゃんとしなきゃ、と思ってもらわなければならない。つまりは、そのためのわざわいを転じて……だったのだ。開幕戦でスタメンに清宮の名前を書き入れるとしたら、守ることがネックになっては選択肢が狭まってしまう。だから栗山監督は、親指のケガを理由にバットを握ることを封印して守備への意識を高めようとしたのである。その結果は予想以上の効果を生み出した。栗山監督はこう言って笑った。
「守備? できてるでしょ。ここまでやってほしいというプロのレベルには十分、達してる。みんなにはどう見えるか分からないけど、オレには幸太郎の守備は十分、やれるように見えてるよ」
もし親指が何でもなかったら、キャンプイン早々、清宮はアリゾナの青空を切り裂く打球を連発していたに違いない。それはそれで美しい光景だったとは思うが、今回のアリゾナには、緑の芝の上を転がるボールを、丹念に追い掛けて、ていねいに捕って、正しく投げることを繰り返す清宮がいた。初めてのキャンプでただでさえ気疲れするというのに、こういう地道な作業を続けていれば、口には出さないものの、それなりのストレスも溜まったことだろう。
だからこそ、いいものを見ることができた。ようやくバットを振ることを許された清宮。ティーバッティングで、ボールを綺麗なスイングで弾き返した。その直後の清宮の表情があまりにもうれしそうで、見ているこちらの頬もついほころんでしまったほどだ。栗山監督はこうも言った。
「何ていうのかなぁ……雰囲気を持ってるよね。ああいう感じを出せる選手はめったにいない。バットを持っただけで、バットを振っただけで、ガラッとあたりの空気が変わるもんね」
アリゾナの空を切り裂く打球は来年のお楽しみになってしまった。しかし、ストレスと引き換えに指揮官が教えてくれたこの“我慢”は、清宮の野球人生におけるたくさんの宝物のうちの、大切な一つになったに違いない。
文=石田雄太 写真=山口高明