週刊ベースボールONLINE

石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】テンピに通う日本人記者の苦悩

 

エンゼルスのスプリング・トレーニングで、日に日に評価を高めている大谷翔平


 忙しい毎日だというのに、「趣味だから」と言って、毎晩、キッチン付きのホテルで仲間に手作りの夕食を振る舞ってくれる記者がいる。ある日は肉汁たっぷりのハンバーグ、ある日は柔らかく焼き上げたチキンソテー、別の日はポークピカタ、ヒレカツの日もあった。餃子の日は仕込んであった具をみんなで包む。カレーに至っては、秘伝のレシピに従って4日間も煮込んでくれている。

 メジャーがスプリング・トレーニングを行うアリゾナは、フロリダに比べれば日本人が食事をする場所には恵まれている。高級なステーキハウスもあれば、安くて美味しいベトナム料理店もある。日本食にも困らないし、韓国料理のレベルもそれなりだ。それでも気の利いたいたおかずと一緒に、炊飯器を持ち込んで炊いた炊き立てのごはんをお腹いっぱい頂けるのは、贅沢この上ない。しかも集まった記者仲間は、独自のネタはハラの中に収めつつも、宴のあと、メジャーのいろんな事象について忌憚なく意見をぶつけ合う。長いスプリング・トレーニングの取材で、こうした憩いの場は本当に救いになる。

 アリゾナ州テンピで、エンゼルス・大谷翔平の、初めてのスプリング・トレーニングが始まった。日本とはボールも違うし、マウンドの硬さも違う。ロージンバッグのべたつきだって違っている。練習のメニューも違えば、一つひとつのやり方も違う。たとえばブルペンでは、実戦と同じように1イニングに投げるであろう球数ごとにインターバルをあけながらピッチングを行う。受けるブルペンキャッチャーは、日本のようにパーンといういい音を鳴らしてくれない。パスっ、パスっと捕る。

 このキャッチング、日本の職人芸を見慣れていると、いかにもヘタだと思ってしまうのだが、どうやらそうばかりでもないらしい。アメリカのピッチャーは、キャッチャーがいい音を鳴らして簡単に捕れるようなボールは、バッターにも簡単に打たれてしまう、と考えているらしく、ブルペンでキャッチャーがいい音を鳴らして捕ることをあまり歓迎しないのだという。だからなのか、メジャーではブルペンのキャッチャーがいつもパスっ、パスっと冴えない音で捕っている。これでは大谷も乗っていくのが難しいのではないかと余計な心配をしてしまった。

 そんな慣れない環境の中、戸惑いながらもメジャーの空気を楽しむ大谷を追う報道陣もまた、じつは慣れない環境と戦っている。

 テンピに通う日本人記者のほとんどは、大谷をマークするために派遣されている。毎日、一人の選手を追い掛けて、何らかの記事を書かなければならない。これ、じつは過去にメジャーで日本人選手を追う記者のほとんどがぶつかってきたカベなのだが、けっこう厄介だ。こちとら、日々のニュースを発信する立ち位置にはいないため、その苦労を味わったことはないのだが、一人の選手からネタを拾って、毎日、原稿を書き続けるのは想像以上に大変だということは容易に想像がつく。

 だから当然、大谷のコメントが欲しくなる。メジャーでは限られた時間、クラブハウスへ記者が出入りできるため、試合前にロッカーの前でくつろぐ選手や、試合後の興奮冷めやらぬ選手に取材を試みることが可能だ。ところが日本人メジャーリーガーの多くは、クラブハウス(日本ではロッカールームというほうが馴染むか)に記者が立ち入ることができなかった日本での環境を守ろうとして、あるいは多くの日本人記者が自分のことを待つことによって他の選手の迷惑になることを恐れて、日本人記者に対して試合前のクラブハウスでのアクセス自粛を望んでいた。

 スプリング・トレーニングでの大谷もそうだった。テンピの施設が新しくないこともあり、オープン戦が始まるまでは、練習中の取材エリア、練習前のクラブハウスへのアクセス、練習後のぶら下がり取材などが厳しく制限され、その代わりに練習後の囲み取材には応じるという形で、エンゼルスの広報が、大谷と記者がともにウインウインの関係になれるよう、折り合いをつけてきた。

 そんな中から、大谷にまつわる日々のニュースが発信されていることを知ってほしい。メジャー1年目の大谷同様、メジャー取材が初めてという記者も少なくない。テンピに派遣されている記者もまた、慣れない環境と戦いながら、興味深い独自ネタを発信しようと奮闘しているのだ。大谷が移動すると、日本人のメディアが大挙して動く“民族大移動”は、アメリカのメディアからすれば滑稽に映るらしい。それでも大谷の挑戦をできるだけ正確に伝えようと、記者も必死で大谷に喰らいついている。毎晩、料理好きの記者が腕を振るってくれる気の利いたおかずと炊き立てのごはんを肴に、一杯吞むことをささやかな楽しみにしながら――(笑)。

文=石田雄太 写真=GettyImages
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング