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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】染田賢作という野球人

 

元ベイスターズのピッチャーで、現在は乙訓高野球部部長の染田賢作


 京都の長岡京市にある乙訓が春の甲子園で躍動した。公立ながら秋の京都大会を制し、近畿大会でも智弁学園を破ってベスト4に進出。堂々、センバツに選ばれた乙訓は、初戦、おかやま山陽を破って初めての校歌を甲子園に轟かせた。就任3年目の市川靖久監督のもと、ピッチングコーチとして右の川畑大地、左の富山大樹というふたりのエースを手塩にかけて育てたのが、元ベイスターズのピッチャー・染田賢作部長だった。

 染田部長は高校時代、奈良の郡山のサードで2000年の夏、甲子園に出場。1回戦で中京大中京に0対12で大敗を喫した。同大に進学後はピッチャーに転向。4年間で急成長を遂げ、ドラフト自由枠でベイスターズに入団する。しかし、プロ入り後は一軍で2試合に登板しただけで自由契約となり教師を目指した。乙訓に赴任して3年目、部長として18年ぶりに甲子園の土を踏んだ。

「僕、3年の春、奈良大会の準決勝で智弁学園と戦ったとき、背番号5で先発したことがあるんですよ。その試合で、いきなり先頭バッターにホームランを打たれたんです。そのとき、真っ先に思ったのが『やっぱりな』……赤い智弁のユニフォームに気後れして、打たれて当たり前、力の差があるに決まってると思っていたんです。でもね、その試合、終わってみたら4対5で負けたんですよ。しかもずっと同点で、8回に決勝点を奪われた。力の差なんて、実はそんなもんなんですよね」

 昨秋の近畿大会、初日の第1試合で対戦した智弁和歌山と履正社の試合を、乙訓の選手たちはスタンドで観戦していた。智弁和歌山が12対8で勝ったその試合を見ながら、染田部長はちょっとした危機感を覚えたのだという。

「智弁和歌山の選手たち、軽ーく打っただけでフェンス際までブワーッと飛んでいくように見えるんですよ。カンカン打って、何点入んねんみたいな試合で、そういうイメージを持つと自分たちが試合するとき、損するんですよね。ユニフォームに圧倒されるような強豪校に、ヒットがポンポンっと出ただけで引いてしまうというのを僕は高校時代に経験してるので、そこは、どこ放っても打たれてるわけじゃなくて、きっちり放ったらそんなに打たれるものじゃないということを実感させないといけません」

 乙訓には選手たちの間で順番に回して、思うことを書きつづる野球ノートがあるのだが、川畑、富山の書き込んだことに対して、染田部長が赤字を入れている。その言葉には、ビックリするほどの説得力がある。たとえばこうだ。

富山「今日も3-2のカウントになることが何回もあって、7回で100球に達してしまった」
染田「3球で1-2のカウントにできるようレベルアップして下さい」

川畑「自分のスイッチがオンの時からも、もう一段階ギアを上げられるようにしないといけない」
染田「無駄なボール球を減らせればピンチでもっと力を入れられると思います」

富山「いつもと違ってまっスラするような形で引っ掛かっていた」
染田「ただ単に腕だけ上げるとストレートがスライダー回転します」

川畑「一球一球に意味のある球を投げられるように考えたい」
染田「この球でどういうふうに打ち取るのか。見逃しか空振りか、ファウルを打たすのか、ゴロを打たすのか。そこまでイメージして投げられれば意味のない球なんて絶対に投げなくなります」

 選手たちの反省に対して、どうすればそれが修正できるのかを実に的確に、しかも具体的にアドバイスしている。染田部長のこの言葉力はどんなところからもたらされているのだろう。

「プロ野球の世界は特殊ですから、野球だけで生きていけるという数少ないところにスポットを当ててしまうと、高校生にとって大事なものが崩れてしまう。高校野球は楽しめばいいんですよ。僕が教師を目指した最初の理由はそれやったんです。練習がしんどくて、雨降ったら喜ぶ高校生になってるじゃないですか。そんなん、おかしいですよ。野球好きなら、晴れて喜び、雨でガッカリする。そうじゃなきゃ、何のために野球をしてきたんか、分かりませんからね」

 元プロ野球選手だからいい指導者になれるというわけではない。プロの世界を離れて高校野球の世界に足を踏み入れたとき、高校生にとっての野球がどうあるべきかに思いを馳せ、考え尽くしたからこそ、いい指導者になれるのだ。染田賢作という野球人と話をして、つくづくそう思った次第である。

文=石田雄太 写真=BBM
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