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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】“打倒・松坂”の夏、“打倒・根尾”の夏

 

20年前の第80回大会は“打倒・松坂”で盛り上がったが、ライバルたちを退け、頂点に立ったのはその松坂大輔率いる横浜だった


 大阪桐蔭が史上3校目となるセンバツでの連覇を成し遂げて、甲子園の春は幕を閉じた。頂点に立った直後のインタビューでは、西谷浩一監督はもちろん、キャプテンの中川卓也も、甲子園では史上初となる2年連続での優勝投手となった根尾昂も、勝った余韻に浸る空気をまるで感じさせない。去年の夏、3回戦で1点リードの9回ツーアウトからミスが出て試合を終わらせることができず、逆転サヨナラ負けを喫した。中川も根尾もその悔しさを味わっているだけに、2年続けて春の頂点に立ってもリベンジを果たしたとは思えないのだろう。すでに気持ちは夏に向いている。甲子園に出ることではなく、甲子園で勝つことを目指す、強豪校の選手たちの意識の高さを垣間見た気がした。

 この夏は第100回の記念大会となる。記念大会と言われて思い出すのが、20年前の第80回大会だ。春夏連覇をかけて登場した横浜が優勝した。怪物・松坂大輔が主役を演じたあのドラマを、今の高校生は誰も知らない。準々決勝は延長17回の死闘、準決勝は土壇場からの大逆転劇、決勝ではノーヒット・ノーラン――わずか3日の間に甲子園で描かれた、あまりにも出来過ぎたエピローグを、もう一度、思い起こしてみよう。

 準々決勝で横浜と延長17回を戦ったPL学園の背番号1、上重聡はこう話していたことがある。

「春のセンバツで松坂を見て、こんなスゴいヤツがいるんだとショックを受けたんです。とにかく、今まで体験したことのないスピードだったし、同じマウンドに立っていて、差は歴然としていました。横浜に負けた後、夏まではいつも松坂のことを意識しながら、アイツはどんな練習をしてるんだろう、差は詰まったのかなって思いながら、打倒・横浜を目指してました」

 ようやく叶ったリベンジの舞台でPLは横浜と延長17回を戦い、敗れた。試合を決める一発を浴びた上重は、試合後、「松坂、松坂」と叫んで、同じマウンドを踏みしめた敵の背番号1を探した。

「近くに行って松坂に触りたかったんです(笑)。アイツは一度も負けなかった。そこが松坂のスゴイところだと思います」

 準決勝に勝ち上がった横浜と戦ったのは明徳義塾。横浜のマウンドには250球を一人で投げ切った松坂の姿はなかった。控え投手を打ち崩して8回表まで6対0とリードした明徳。楽勝ムードが漂う中、緊張感をもたらしていたのは、この日レフトを守っていた松坂の存在だった。その松坂が8回裏の横浜の攻撃中に、動いた。右腕に巻いていたテーピングを引き剥がし、ブルペンでピッチングを始めたのである。明徳のエース、寺本四郎はこう言っていた。

「あとからテレビで見ましたよ。アイツがやると何でも絵になっちゃう。6点もリードしてたのに、松坂が出てきただけで、雰囲気がガラリと変わっちゃう。一人だけ、オーラが違うんですよ」

 9回表、松坂がマウンドにあがって明徳の攻撃を3人で抑えたとき、逆転へのシナリオはもう書き上がっていたのかもしれない。逆転サヨナラ負けにうずくまって泣きじゃくる、明徳の背番号1。

「もう、自然に力が抜けちゃって……両腕にベッタリついた甲子園の土が何だか温かかったのを覚えてます。松坂と抱き合って『絶対に優勝しろよ』って言ったら、アイツ、『分かった、絶対優勝する』って言ってくれたんです」

 決勝で横浜と戦ったのは京都成章だった。背番号1は古岡基紀。甲子園での6試合を一人で投げ抜き、松坂を上回る57個の三振を奪ったサウスポーである。

「満足でしたよ。最後まで松坂と試合ができるなんて幸せ者でしょ。マウンドに松坂の蹴り足の跡が残ってたんですけど、あの松坂と一緒のところで放ってるんだなって、そんな心境でしたからね」

 松坂は、京都成章に一本のヒットも許さない。古岡も粘るが、着実にリードを広げられる。8回を終わって、3対0。フィナーレは、怪物の投じるこの夏、782球目のスライダーだった。バットが空を切った瞬間、松坂は両腕を天に突き上げる。決勝でのノーヒット・ノーランだった。

「とても打てる気はしませんでした。松坂の調子は良くなかったと思うんですけど、5回が終わったとき、おい、ノーヒットやないかって話してたのを覚えてます。でも当てるのが精一杯で、最後は当てるのも無理な感じでした」

 日本中で“打倒・松坂”を掲げられ、それでも勝ち抜いた1998年の夏。松坂が輝きを放ったのは敗者たちにも熱があったからだ。この夏、“打倒・根尾”を掲げる球児たちに熱はあるのか。そこを期待しながら、100回目の夏を待ちたいと思っている。

文=石田雄太 写真=BBM
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