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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】大谷翔平、その瞬間風速の価値

 

日本時間4月23日時点で2勝3本塁打のエンゼルス・大谷翔平


 エジソン、ノーベル、ヘレン・ケラー、野口英世にキュリー夫人……子どものころ、彼の名前はいつも、そういう偉人たちの伝記のラインナップの中にあった。

 ベーブ・ルース――。

 通算714本のホームランを記録した、アメリカのベースボールの象徴である。病床の少年にホームランを約束し、それを叶えたというエピソードは伝記の題材に相応しいのだろう。ただ、1948年に他界しているベーブ・ルースの存在は、世代的に言えば現実味がまったくない。まさに伝記の世界の登場人物なのである。

 その名前がほんの少しの現実味を伴って目の前に現れたことがある。1976年、王貞治がベーブ・ルースの記録に迫ったときのことだ。王がルースに並ぶ通算714号のホームランを打ったのは1976年10月10日、そしてルースを抜く715号を打ったのはその翌日の、いずれもタイガース戦だった。確か715号だったと記憶しているが、そのときの実況をラジオで聴いた記憶がある。こちとらまだ小学生で、駅のホームでその瞬間を迎えたとき、実況アナウンサーが「王がベーブ・ルースの記録を抜きました」と絶叫していたため、その名前が子ども心に刻みつけられたのだ。

 そもそもルースがホームランを量産するようになったのは、1920年のことだ。ルースがレッドソックスからヤンキースに移籍したその年、ホームランの数を前年の29本から54本に伸ばしたのである。それにはハッキリとした理由があったのだと聞く。“ブラックソックス・スキャンダル”に揺れたメジャーが、ホームランを量産するルースの人気に当て込んで“ライブボール(飛ぶボール)”を採用したからだった、とか……1920年以前は『デッドボール(飛ばないボール)時代』と呼ばれ、今の野球とはいろんなことが違っていた。マウンドに関する規定がなかったり、スピットボールが当たり前だったり、ボールの交換が行われないせいで真っ白なボールが使われるのは稀だったりと、今ではあり得ない話ばかりが伝わってくる。

 このライブボールの採用を機に打高投低の時代に突入した1920年代のメジャーでは、ホームランバッターだけでなく、4割バッターも続出した。ピッチャーの投げる変化球はカーブだけで、同じベースボールではあっても明らかに今とは別世界のものだったと言っていいだろう。そういう時代に生きた選手の名前が、王によって半世紀の時を経て蘇った。記録という楽しみ方を確立している野球ならではの醍醐味でもある。そして王がホームランを量産した時代から半世紀の時を経て、ふたたびルースの名前が取りざたされている。それはメジャーでピッチャーとしても活躍したルース以来という、メジャーでの二刀流に挑む大谷翔平が現れたからだ。

 二刀流が注目される大谷だが、バッターとしての能力だけを見ても、メジャーの中で突出するだけの能力を秘めているのではないかと思う。ピッチャーとして先発した日の前後を欠場するため、記録という点でルースの記録、たとえばシーズン60号を大谷が抜く、というのは至難の業だろう。しかし、打ったホームランの飛距離や弾道を見るだけでも、大谷にはまだまだ余力があると感じる。試合前の練習を見ていれば分かるのだが、大谷は26歳にして約38億円というメジャー最高年俸を手にしているマイク・トラウトや、通算600本を越えるホームランを放っているアルバート・プホルスよりも、はるかに遠くまで打球を飛ばしているのだ。

 しかも大谷は、いろんなタイプのホームランを打てる。ポーンと上がり過ぎたように見える打球がフェンスを越える。逆方向への打球も悠々、スタンドに届くし、もちろん芯で捉えた打球はとんでもない弧を描いてスタンドの上段に達する。驚かされるのは、ほぼ一直線に見えるような、フェンスを直撃するかの如きライナーであっても、それが失速せずにスタンドへ突き刺さったりすることだ。アメリカで言われるところの“レインボー(虹)”のような弧を描くホームランも打てれば、“フローズン(凍った)ロープ”の如き弾丸ライナーのホームランも打てる。それは大谷の持っている絶対的な飛距離が、球場のサイズをはるかに越えているからに他ならない。

 野球好きにとっては、23歳の大谷を通算成績で楽しむのはまだまだ先の話になる。今、この瞬間の大谷がどれほど突出した野球選手であるのか、その瞬間風速の価値を味わうために、一本一本のホームランのクオリティを十二分に味わってみようではないか。

文=石田雄太 写真=GettyImages
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