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パンチ佐藤の漢の背中!

野球用品店を営む元ヤクルト捕手・宇佐美康広「01」/パンチ佐藤の漢の背中

 

『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。「現役を引退してから別のお仕事で頑張っている元プロ野球選手」のもとをパンチさんが訪ね、お話をうかがう連載です。今回は元ヤクルトの捕手で、現在は埼玉県戸田市で野球用品店「ロクハチ野球工房」を営む宇佐美康広さんをお訪ねしました。

現役時代、特に道具にこだわりはなかった


宇佐美康広氏(左)、パンチ佐藤


「まさか」のドラフト指名から、「日本最北端出身のプロ野球選手」と一躍注目を集め、プロの世界へと飛び込んだ宇佐美さん。身長170センチ、体重62キロの小柄な体は、初めて顔を合わせた広澤克実に、「ボクボク、そんな体で本当にやっていけるのかい」とからかわれたほどだった。

 そんな“ボク”は努力を重ね、その後二軍のレギュラーに定着。6年目に念願の一軍出場も果たし、7年に及ぶプロ生活を全うしていく。

パンチ 今こういう店をやっているということは、現役時代からグラブとかバットとか、野球用品に特別な関心があったの?

宇佐美 そんなになかったですね。特にこだわりもなかったですし。

パンチ 俺なんかエラーしたら「バカ野郎!」って投げつけて、そのまんまだった(笑)。バットは大切にしていたんだけどね。それじゃあダメだよね。

宇佐美(笑)

パンチ プロ入り当時はキャッチャーだったでしょ。いつからキャッチャーになったの?

宇佐美 小学4年生から本格的に野球を始めたんですが、当時はキャッチャーといえば、太めで足の遅い子がやる、人気のないポジション。監督が「キャッチャーやりたいヤツ、手を挙げろ」と言っても、誰も手を挙げない。誰もやりたくないんだったら、俺がやる、と手を挙げたのがきっかけです。

パンチ 初めて買ってもらったキャッチャーミットって覚えてる?

宇佐美 ミットは買ってもらったことがないですね。

パンチ チームのを使っていた?

宇佐美 はい、高校までずっとチームのミットを……。

パンチ ええっ!? 珍しいねえ! 野球やっている人って、大概スポーツ店の思い出があるよ!

宇佐美 小学6年生のとき、初めて内野手用のグラブを隣町のスポーツ店で買ってもらったくらいですね。

パンチ そうなんだ。俺はね、会社帰りの親父と待ち合わせて、銀河スポーツっていう店でSSKの黄色いグラブを買ってもらった思い出があるんだ。

ミットに詰まった思い出は伊藤智さんのスライダーが捕れなかったこと


プロ入り当時は捕手だったが途中から内野手に転向し、スイッチヒッターになった


パンチ しかし、ミットの形は今、変わってきているよね。昔の丸っこい形から、ファーストミットみたいになってきたじゃない。現役時代は、どんなものを使っていたの?

宇佐美 古田(敦也)さんがもともと大きめのミットを使っていたので、私も似たような形のものにしました。(ミットを出してきて)これなんですが。

パンチ これにはどんな思い出が詰まっているの?

宇佐美 伊藤智(仁)さんのスライダーが捕れなかったという……。

パンチ そんなに曲がっていたんだ。

宇佐美 曲がっていましたね。2球連続捕れなくて、キャッチャーをクビになりました(苦笑)。私は北北海道という一番田舎のほうの出身で、ピッチャーも130キロ投げればもう「速球派」と言われるようなエリアなんですね。それがプロになって二軍のブルペンに入ると、皆140キロ近い球をビュンビュン投げてくるんです。初めは毎日、それを捕るのが怖くて……。捕っているというより、ミットに“入っている”という感覚。いつか顔に当たったら死ぬな、と思いながらやっていました。スピード自体は、半年ほどで慣れましたが。

パンチ 宇佐美君が入ってきたときの正捕手は、古田君。10歳上の彼のことは、どう思っていた?

宇佐美 何もかも違い過ぎて、目指す対象にもなっていませんでした。そもそも自分がプロに入れるとも思っていませんでしたから、まずは二軍の試合に出ることが先決。10歳違うから将来は……とか、そんなことも考える頭もありませんでした。

パンチ 内野転向は、若松(勉、当時二軍監督)さんに勧められたのかな?

宇佐美 はい、3年目に「おまえは体も小さいし、キャッチャーでは厳しい。足と肩があるから、内野手に転向したほうが一軍に行ける可能性もあるよ」と言われ、内野手のグラブをポンッと渡されました。「明日から内野、スイッチヒッターもやれ」と。

パンチ 若松さんは、どういう教えだったの。

宇佐美 基本的に下半身、内転筋で打てと。だから、こういう練習(バットを構え、足の内転筋の三角形を意識する動き)を、夜間練習までひたすらやっていました。

パンチ ああ、若松さんの構え、これ(内転筋を締める様子をマネて)だもんね。若松さんは、同じ北海道出身だし、かわいがってもらったのかな。

宇佐美 みんなの前ではものすごく厳しかったですけど、たまにサウナで2人きりになると、「いつも厳しいことを言っているけれど、お前のことはちゃんと見ているからな」と言ってくださいました。

パンチ 内野に転向して、99年には一軍にも上がった。だけどその後、いつごろから引き際を感じ始めたの?

宇佐美 プロ6年目に初めて一軍へ上がって、半年くらい一軍でプレーさせてもらったんですが、正直一軍のピッチャーの変化球がまったく見えなかったんです。そこでレベルの差を感じて、「この世界でやっていくのは厳しいかな」と思いました。加えてもともと足と肩を売りにしてきたのに、そのころ故障をして走れなくなってきた。7年目のシーズンに入ってからはずっとファーム暮らしで、出場機会もどんどん減っていって……。秋口、トンボが飛ぶころになると、「そろそろヤバイかな」という気はしましたね。

飛び込み営業の不動産屋入社3年は元プロの肩書を封印


パンチ そのときは第二の人生、どう思った?

宇佐美 もっと野球をやりたいという感情はそこでは起きず、逆に野球とまったく違うところで自分の能力を生かすことができないかなという方向に傾きました。

パンチ きれいに力が抜けたんだね。7年間、やり切った感じはあったんだ。

宇佐美 大した成績は残していないですが、プロの世界で7年間、歯を食いしばってできたという点ではやり切った感もありました。高卒で7年、ちょうど25歳のときなので、今思えばそこでスッパリ辞めてよかったと思います。でなければ、その後の人生が厳しかったかもしれません。

パンチ 俺は30歳で辞めたんだけど、プロに入った歳自体が25だったから、30ならやり直しがきくと思ったんだよ。変に引きずらなくてよかったね。それで、次の仕事に向けてはどんなふうに動いたの?

宇佐美 ずっと野球しかしてこなかったので、世の中にどんな仕事があるのかも知りませんでした。そこで、現役時代からお付き合いのあった社長さん方に「引退しました」と報告しながらご相談して回ったんです。その中に「俺の会社で働いてみろ」と言ってくださった方がいらして、「お願いします」と飛び込みました。

パンチ それはなんの会社?

宇佐美 広告代理店です。ただ、その社長さんが1年あまりで辞任してしまい、私も社長さんと一緒に辞めました。その後は1年ほど、フリーター。漫画家・水島新司さんの野球チームでプレーしていたとき、またいろいろな職種の方とお付き合いできるようになり、不動産屋の役員の方に「ウチに来ないか」と声を掛けていただきました。そこは正社員として、14年勤めました。

パンチ そういう他業種の人たちとの付き合いって大切だよね。現役時代から野球の仲間とばかりメシを食って、野球の話ばかりしているより、どんどん外に出ていたほうがいい。ヤクルトはそういう社長さん方と知り合うラインがあるイメージだね。

宇佐美 野村(克也)監督も、「野球選手も一社会人」とおっしゃっていましたので。外部との交流にもみんな結構、積極的というか。

パンチ 不動産屋さんでは、どんな仕事をしていたの?

宇佐見 営業です。地主さんのところを回って、「アパートを建てませんか?」と。飛び込み営業もしましたよ。

パンチ そこで野球をやっていてよかったと思ったのは、どんなとき?

宇佐美 我慢強さというか、精神的な強さはありましたね。ただ入社して3年間は接客のとき、「元プロ野球選手」というワードは封印していたんです。それは自分でも、よかったと思っています。お客さんから「元プロ野球選手だから買っている」という感じを受けなくなって、仕事もそれなりにできるようになりました。会話の中で野球の話題が出たときだけ、「実は……」とお話ししましたね。

<「2」へ続く>

●宇佐美康広(うさみ・やすひろ)
1975年12月18日生まれ、北海道出身。稚内大谷高からドラフト6位で94年ヤクルトに入団。当初は右投げ、右打ちの捕手だったが、のちにスイッチヒッターの内野手に転向。99年には15試合に出場し、19打数2安打(打率.105)、0本塁打、0打点の成績を残し、2000年限りで現役引退(一軍出場は99年のみ)。その後は広告代理店、不動産会社勤務を経て、2016年12月、「ロクハチ野球工房」(埼玉県戸田市上戸田3-8-14)をオープン。店名のロクハチは、現役時代の背番号68から。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=前田恵 写真=山口高明
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