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パンチ佐藤の漢の背中!

野球用品店を営む元ヤクルト捕手・宇佐美康広「02」/パンチ佐藤の漢の背中

 

『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。「現役を引退してから別のお仕事で頑張っている元プロ野球選手」のもとをパンチさんが訪ね、お話をうかがう連載です。今回は元ヤクルトの捕手で、現在は埼玉県戸田市で野球用品店「ロクハチ野球工房」を営む宇佐美康広さんをお訪ねしました。

子どもたちから野球の面白さ教えられて


宇佐美康広氏(右)、パンチ佐藤


 埼玉県戸田市。埼京線・戸田公園駅ほど近くで、今は野球用品専門店『ロクハチ野球工房』を経営する。屋号『ロクハチ』は、もちろん現役時代の背番号『68』にちなんだものだ。

 店内に入ると、プーンとグラブの革の、いいにおい。「このにおい、若い子がディズニーランドに一歩足を踏み入れた瞬間、駆け出しちゃうみたいなワクワク感が今もあるよね!」とパンチさん。ヤクルト・山田哲人愛用のドナイヤほか、宇佐美さんおススメのグラブに囲まれ、話は弾んだ。

パンチ この道に入ったのはどういうきっかけが?

宇佐美 引退後、野球とはまったく違うところで勝負したいと思ったので、野球をちょっと遠ざけていたんです。やがて息子ができ、大きくなって、近所の少年野球チームに入りました。最初はそこの試合にも全然行かなかったんですが、ちょっと気になって、グラウンドに足を運ぶように。見ているとやっぱり、ウズウズしてくるじゃないですか。で、気づいたらノックバットを持って、気づいたらユニフォームを着て、気づいたらそこのチームの監督をやっていました。

パンチ なるほどねえ。

宇佐美 そこで逆に子どもたちから、野球の面白さを教えられまして。また野球に対して火がついたんです。もう一度野球でメシを食っていく道はないかと模索している中、今ウチでも扱っているグラブメーカーのドナイヤさんの社長さんに相談したところ、「小規模の野球ショップをやっている店が新小岩にある。そこのマスターは久保田スラッガーで修業したしっかりした人だから、一度行ってみるといいよ」と言われまして。サラリーマン時代に行ってみたら、パンチさんがおっしゃったとおり、店に一歩入った瞬間革のにおいがして、野球好きにはたまらないなと思いましたね。今は大手量販店ばかりだけど、こういう小さな店でもやっていけるんだったら勝負してみたい、と思って、半年ほど修業させてもらい、ここで独立しました。

パンチ 修業というのは例えばどんなこと?

宇佐美 グラブの型付け――湯もみといって、お湯に浸けてもみ、捕球しやすくすることと、紐交換ですね。破れをミシンで修理するのはまだ修業中なんですが、最終的にはそれもできるようにするつもりです。

パンチ こういった店で成功する、しないのカギはどこにあると思う? 場所も大きいのかな。

宇佐美 場所もありますね。この辺りは河川敷が近く、野球やソフトボールのチームが多い地域です。あとは私が元プロ野球選手で、少年野球の監督をしていたこと。なかなかそういうケースが少ないので、子どもにもしっかり教えてくれるんじゃないかと期待感を持ってきてくださいます。

パンチ それも、少年野球の監督時代、きちんと指導してきたからだね。そして一度ここにグラブを買いに来た子が今度は修理しに来たとき、「お、いい型になったじゃん」なんて言わると、またうれしいだろうね。

宇佐美 やはり野球は道具を使うスポーツですから、道具は大事にしてほしいと思います。小学生で初めて野球をやる子が大半。そのスタートのときにきちんと捕りやすいグラブで練習するとうまくなれますから、そういういいきっかけ作りにこの店がなってくれたらいいなと思います。

パンチ これはもう、野球の神様に呼ばれたね。子どもたちを育てたいという気持ちが、この店から出ているんだな。

宇佐美 それはあるかもしれません。たまにチームでボールやヘルメットを買ってくださるんです。その納品のとき、ちょっと野球教室をするととても喜ばれます。それがウワサになって、「ぜひ野球教室に来てください」「足代を出しますから」と言われることもありますが、「そのお金はいりません。店で何か買っていただければ、納品込みでうかがいますから」とお答えしています。

パンチ いいね、いいね! じゃあ例えば子どもたちがグラブを買いに来たとき、「これが欲しい」と言ったものを売るの? それとも「こっちがいいよ」と勧めることもあるの?

宇佐美 いくつか並べて選んでもらいます。「これがいいよ」と言って勧めることはないですね。

パンチ 宇佐美君としては、みんな同じようにかわいいグラブなんだ。

宇佐美 あと、自分がはめた感覚があるじゃないですか。子ども自身がはめたとき、「これ、いいな」と感じるものが一番いいと思って。変に誘導しようとはしないですね。

入学前にミットを買いに来た子を帰したことも……


革のにおいの漂う工房の店内で、グラブの型付け作業を実演してもらった


パンチ そうやって接したお客さんの言葉で一番うれしかったのは、どんなもの?

宇佐美 オープンしたてのころ、本当はグラブをたくさん売りたいじゃないですか。そこへ「高校で野球をやります」と言って、中3の子がミットを買いに来たんです。だけど話を聞くと、高校でキャッチャーをやるかどうかはまだ分からない。今買って、柔らかくしてから行きたい気持ちは分かるけど、実は外野をやらなきゃいけないなんていうことになると、せっかく買ったミットが使えなくなってしまう。だからちょっと我慢して、ポジションが決まってから買いにおいでって1回帰したんですよ。その子も涙ぐんでいましたね。戻ってくるかな〜と思っていたら、入学して2、3カ月後、「キャッチャーをやることになりました!」と言って、買いに来てくれました。とてもうれしかったですね。

パンチ いい話だね。その子はずっと、覚えていると思うよ。

宇佐美 そういう話は結構あるんですよ。小学生が、まだかなり使えるグラブを持ってきて、だけど「新しいグラブが欲しい」って言うんです。「でもこれ、紐を換えてちょっと中のお手入れをすれば使えるよ」と言うと、親御さんが非常に喜んでくれます。

パンチ 商売といってしまったらそれまでだけど、日本もそういうものがなくなってきたね。昔はあったはずなのに。

宇佐美 利益だけを考えるなら、ボンボン、ボンボン売っていいんでしょうけど。

パンチ 実はそうするとダメなんだよね。

宇佐美 その子どもも、そういうことはずっと覚えていると思うんですよ。「グラブは大事にしなきゃいけないんだよ」って、あそこのスポーツ店のおじさんが言っていたって。

パンチ スポーツ店というだけでなく、人の教育だよね。それはまた、夢のある仕事だ。

宇佐美 少なくともプロ野球を経験させてもらって、「元プロ野球選手」という肩書はずっと背負わなければいけない。変なことをしてはいけないという気持ちもあります。やはり、少なからず影響力もありますし。

パンチ ぜひ君みたいな人に学校の先生や監督をやってほしいけど、まずはここで“先生”をしていってもいいのかな。グラブを触りながら、野球以外の相談にも乗ってくれる……。

宇佐美 いろんな人に自分がやった仕事を喜んでもらえる、これほどうれしいことはないですよね。今も湯もみとか、型付けはだいたい1週間預かるんですが、1週間楽しみにしてくれて、渡したとき喜んでもらえると、本当にうれしいです。

パンチ くどいようだけど、そこで人生の先生としても、アドバイスしてあげてよ。

宇佐美 はい、頑張ります!(笑)

パンチの取材後記


 昔話の花咲か爺さんとか笠地蔵とか本当なんだなと思ったのは、宇佐美君のグラブの話。ガツガツ売ってもうけようとするのではなく、「これは紐を直して磨けば、まだまだ使えるよ」なんて、なかなか言えることではないですよ。だけど、それができれば結局、倍になって返ってくる。どんな仕事でも一緒だと思います。

 例えば僕の仕事でも、「どうせこれは地方で7分しか放送されないんだろ」という気持ちで手を抜くとか、「NHKの全国放送だから」といって気合を入れるとか。僕はそれをしないから、今生きていられる。そんな姿勢を忘れてはいけない、2018年もまた同じ気持ちでやっていこう、ということを彼から教わりました。

 やっぱり彼は、先生タイプ。ハートがあるんだ。いずれは教職にチャレンジしてほしいなあ。

<完>

●宇佐美康広(うさみ・やすひろ)
1975年12月18日生まれ、北海道出身。稚内大谷高からドラフト6位で94年ヤクルトに入団。当初は右投げ、右打ちの捕手だったが、のちにスイッチヒッターの内野手に転向。99年には15試合に出場し、19打数2安打(打率.105)、0本塁打、0打点の成績を残し、2000年限りで現役引退(一軍出場は99年のみ)。その後は広告代理店、不動産会社勤務を経て、2016年12月、「ロクハチ野球工房」(埼玉県戸田市上戸田3-8-14)をオープン。店名のロクハチは、現役時代の背番号68から。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=前田恵 写真=山口高明
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