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プロ野球仰天伝説

スタルヒン自身が語る「僕と沢村のどっちが速かったか」/プロ野球仰天伝説147

 

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

藤本定義監督からは……



 巨人の沢村栄治とスタルヒンは、どちらが速い球を投げたのか。もしかしたら、それは史上最も速い球を投げたのはどちらかと、同じ問いになるのかもしれない。

 ただ、沢村については明らかに日米野球から1937年春が球速のピークとなり、おそらく最初は投げ過ぎでヒジ、その後は兵役で体のあちこちにガタがきていた。

 対してスタルヒンは37年に入って急成長。ピークは42勝の39年、38勝の40年だろう。スタルヒンは「日米野球の沢村は僕より速かった」と言いながらも、すでに37年秋から藤本定義監督には「沢村の隣では投げるな。自分の球が遅いと気にするから」と言われていたという。

 沢村は浮かび上がる速球と懸河のドロップと言われたカーブが武器。スタルヒンは191センチから投げ下ろす重い速球を軸にドロップ、シュート、シンカーなどを投げ分け、意外と器用だったようだ。

写真=BBM
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