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石田雄太の閃球眼

イチローから大谷翔平へ――。日本人メジャーリーガーとしての“灯”の伝承/石田雄太の閃球眼

 

マリナーズの本拠地・セーフコフィールドで登板したエンゼルスの大谷翔平だったが、イチローとの対戦は実現しなかった


 それは巌流島で佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘を行ったからか、武田信玄と上杉謙信との川中島での一騎打ちがあったからなのか。日本の野球はアメリカのベースボールにはない、独自の文化をいくつも育んできた。そのうちの一つがピッチャーとバッターのライバル同士による名勝負列伝である。

 かつての『村山対長嶋』や『江夏対王』、『江川対掛布』や『山田対落合』、『野茂対清原』、『松坂対イチロー』など、日本ではピッチャー対バッターのライバル物語がいくつも語り継がれている。ところが、不思議なことにアメリカの野球には、そういうロジックで語り継がれている対決はない。

 宿命のライバルといえばヤンキースとレッドソックス、カブスとカージナルス、ドジャースとジャイアンツといったチーム同士の対決であり、ピッチャーとバッターの名前は挙がらない。ベーブ・ルースと並べて語られるのはタイ・カッブ、ルー・ゲーリッグはテッド・ウイリアムズと、いずれもバッターであり、ハンク・アーロン、ピート・ローズ、スタン・ミュージアル、ウイリー・メイズ、バリー・ボンズやマーク・マグワイアといった歴代のスラッガーにはライバルと称されたピッチャーはいない。アルバート・プホルスやアレックス・ロドリゲス、デレク・ジーターにもそういう相手は浮かばない。ピッチャーに目を移してもノーラン・ライアン、グレッグ・マダックス、ロジャー・クレメンス、ランディ・ジョンソン、マリアーノ・リベラといった歴代の名投手たちが同時代に凌ぎを削ったバッターとのマッチアップをクローズアップされることはない。

 いったい、なぜだろう。

 アメリカの文化が大事にするのは個性、日本では組織を重視するイメージが強いのに、日本の野球が個の対決をおもしろがり、アメリカのベースボールはあくまでもチーム同士の対決を重視するあたりが興味深い。決闘やら一騎打ちは日本だけの文化というわけではないはずだが、南北戦争以降、組織で戦う近代戦が主流となったアメリカで、バスケットボールやアメリカンフットボールなどのチームスポーツが台頭してきたこととも無関係ではないのかもしれない。メジャーの球団数の多さから、ピッチャーとバッターの対戦数が日本ほどでないことが名勝負が生まれにくい背景にあるのではないかと分析していた記者もいた。

 だから、この対決もスルーされたのだろうか――。

 イチローがメジャー枠から外れたのが5月3日。4日からシアトルにエンゼルスを迎えての3連戦が行われることになっていた。大谷翔平の登板日は二転三転したものの、もしかしたら大谷対イチローの対決が見られるかもしれないと期待して、わざわざ日本からシアトルまで足を運んだ人もたくさんいたと聞く。そして大谷が3連戦の3試合目に先発することが濃厚となり、メジャーでの大谷対イチローが見られると日本が盛り上がった矢先、マリナーズはイチローをメジャー枠から外した。当然、日本では「なぜ、あとたったの4試合が待てなかったのか」と、怒りの声が噴出する。

 いや、じつは今回ばかりはアメリカでも「イチローと大谷のマッチアップを見たかった」という声をあちこちで聞いた。対決だけではなく、“torch”という言葉を使って、日本人メジャーリーガーとしての“灯”の伝承を期待していた声もあった。3089安打という圧倒的な記録で、そしてかつてなかった二刀流というアプローチで、いずれも日本という枠を越えてメジャーで存在感を発揮する二人だからこそ、個の名勝負が取り上げられないアメリカでも対戦できなかったことが話題になったのだろう。

 しかし、ものは考えようだ。

 イチローはメジャー枠は外れたが、現役を引退したわけではない。もし今回、対決が実現していたら、それこそかつての“千代の富士対貴乃花”のように、あるいは“黒田博樹対大谷翔平”のように、イチローに引退の花道が用意されてしまう空気が生まれていたかもしれない。繰り返すが、イチローは依然として現役のプレーヤーだ。来年の日本での開幕戦を花道にすると決めているわけではないし、来年のメジャー復帰を視野に練習を続けている。もったいをつけられたイチローと大谷の対決は来年、実現するかもしれないのだ。もしかしたら野球の神様が、“灯”の伝承はまだ早いと考えたのかもしれない――。

文=石田雄太 写真=GettyImages
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