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プロ野球仰天伝説

人間機関車・呉昌征はなぜ“はだしの選手”と言われたのか/プロ野球仰天伝説157

 

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

盗塁でこだわったのはスタート



 巨人、阪神、毎日で41歳までプレーした呉昌征。台湾の台南市で生まれ、小さいころから足が速く、短距離ではだれにも負けなかった。

 嘉義農林では投手兼外野手で4度、甲子園に出場。“はだしのプレー”で話題になったが、ふだんからはだしでやっていたわけではない。日本に出発する前、全員でスパイクを新調したのだが、足に合わず、靴ずれ。痛くて脱ぎ捨てただけだった。

 1937年春に巨人入団。42、43年には首位打者にもなっているが、やはり呉といえば、人間機関車とも言われた“走”の印象が強い。

 盗塁の際にこだわったのはスタートで、ふだんの生活からつま先立ちで歩き、電柱など目標を決めてダッシュをしたりした。

 また、俊足と強肩を活かしたセンター守備も絶品。特に前方の打球には猛烈な勢いで突っ込み、可能な限りノーバウンドキャッチを狙った。

 スローイングもすごい。捕球後、ステップなしでほとんどが捕手へのストライク返球だったという。

写真=BBM

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