今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 外人ブームと言うけれど
今回は『1962年5月28日号』。定価は40円だ。オープン戦で12球団中2位ながら最下位説が濃厚だった
広島がまずまずの好調を維持し、勝率5割台の4位に。稽古横綱は稽古では強いが、本番に弱い意だが、ファンの言葉として「カープは稽古横綱じゃない」があった。球団常務となっていた元監督の
白石勝巳も、
「昔は試合前の練習で外野をレフトからライトに走っているとき、反対側から巨人の選手が走ってくると横にさっとよけて走った。ところがいまは胸を張って堂々とやっている。これだけでも違うよ。いまは巨人とも対等の気構えでいる。それでいいんだ」
と目を細める。
62年は外国人選手の獲得ラッシュだった(見出しは当時の表記で外人とさせてもらった)。すでに12球団で19人がいたが、さらに大毎にマンコビッチ(本人には失礼ながら、やや恥ずかしい気がしたが、登録名はマニーに)、近鉄はジェンキンス(登録名
ジェンク)、阪急にリックが入団することになっていた。
『マンガのレポート』では新外国人の1人、大毎の
ニック・テスタが扱われていた。身長172センチと外国人選手にしては小兵で、ほぼディサ投手の専属捕手だった。
サンフランシスコ・ジャイアンツで1試合だけメジャー経験があるが、一度球界からは離れてた。それが61年夏、日本観光に来た際、知り合いだったビル西田に頼んで大毎にテストを受け、合格。もともと大の親日家で扇子や絹の織物などを集め、家に飾っていたらしい。
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では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM