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球界痛快発言

江川卓「私のピッチングは振ってもストライク、見逃してもストライク、これなのです」/球界痛快発言

 

80年を超えるプロ野球の歴史。球界の偉大な先人たちが残した、愉快で痛快な「コメント」を紹介していこう。

“空前絶後”の投球哲学



 江川と言えば「そう興奮しないで」のフテブテしい、あのセリフが有名だが、これはまだ巨人入りする前のこと。筆者が一番感心したのが、見出しのセリフなのである。

 このセリフを説明する前に「そう興奮しないで」の発言がなぜ出てきたかについて触れておく。

 1979年2月1日、巨人は小林繁投手を阪神にトレードすることを発表したが、阪神からの見返りが江川。江川は、それまで前年秋のドラフトで1位指名した阪神入団をかたくなに拒んできたが、GT間での交渉がまとまったとなったら、あっさり阪神入りをOKした。

 そして、同日、阪神・小津正次郎球団社長とともに契約→入団の発表記者会見を行った。あまりの変わり身の見事さ(?)に記者たちはいささかあきれ、「阪神に入団するなら、安芸のキャンプには行くのだろうな。どうなんだ。言えないだろう」という声が飛んだ。

 新人のトレードは、野球協約上、79年の開幕日以降と決められている。だから、阪神に入団するのなら、キャンプは巨人ではなく阪神のキャンプに参加するしかない。しかし、それはあり得ないだろうし、江川にもそのつもりはないだろう。質問した記者はそこを突いたのだ。まあ、イヤミのひとつも言いたかったわけだ。

 すると、江川は「そうムキになられましても」と軽くいなした。これがまた記者たちを刺激して、会見場は「どういうつもりだ」「やっぱり出来レースだ」と大変な騒ぎになった。

 小林が深夜にトレードを了承したことで、翌2日、江川はあらためて船田事務所(彼の後見人の船田中衆院議員の事務所)で会見した。そこで江川は開口一番「今日は興奮しないでいきましょう」。イキリ立つ記者たちより何枚も上手の23歳の若者だった。

 そんな江川だから、そのピッチングも人を食ったものになるのだろう、と思われたが、それが予想外のガチガチの正攻法一点張り。愚直なまでのストレート攻めなのだ。それも、なるべくボール球を使わず、ポンポンと追い込んで、最後もストライクのストレート(高低の2種類。高めのほうが多かった)。

 このストレートの伸びが素晴らしく、打者は振り遅れて空振り。振らずに見逃すと高めいっぱいのストライク、または、低めいっぱいのストライク。高めも、低めもボールに見えるのだが、高めはベルトあたりから急にホップし、低めは地面スレスレからグ〜ンと急上昇する感じだから一瞬ボールに見える。

 だから、打者は振っても、見逃してもダメ。まあ、高めはボール球もかなりあったが、打者はよく引っ掛かって空振り。こういう投手は、その後、お目にかかっていない。

文=大内隆雄 写真=BBM
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