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プロ野球年代別オールスター

プロ野球の草創期を彩る伝説の「1930年代」/年代別オールスター

 

優勝への貢献度、それを凌駕する実績、そしてインパクトを踏まえて、プロ野球の全選手を主に活躍した年代ごとにセレクト。超豪華オールスターをお届けする。

語り継がれる伝説



 1934年に巨人の前身である大日本東京野球倶楽部が結成され、35年には大阪タイガースが誕生。36年に入ると次々に名古屋や阪急などの新球団が誕生して、日本職業野球リーグがスタートした。ここに、プロ野球の歴史が始まる。

 その36年は変則的だったが、翌37年からは春、秋の2シーズン制に。春季、秋季の優勝チームが年度優勝決定戦で日本一を争った。38年の秋からは南海が加盟。1シーズン制となったのが39年だ。

 30年代を彩った多くのチームが歴史の闇に消え、名選手たちは戦争の犠牲となっていった。当時を振り返ることができるのは数枚のモノクロ写真や、現在ほど豊富ではない記録。そして語り継がれてきた“伝説”だ。

 これまで10年ごとにプロ野球の名選手をオールスター形式で紹介してきたが、その伝説度では群を抜く。もはや神話の登場人物ともいえそうな名選手たちを最後に紹介する。

【1930年代オールスター】
先発 沢村栄治(巨人)

中継ぎ 西村幸生(タイガース)

抑え 若林忠志(タイガース)

捕手 バッキー・ハリス(イーグルス)

一塁手 中河美芳(イーグルス)

二塁手 苅田久徳(東京セネタース)

三塁手 藤村富美男(タイガース)

遊撃手 白石敏男(巨人)

外野手 中島治康(巨人)
    坪内道則(大東京)
    山田伝(阪急)

指名打者 景浦将(タイガース)

 先発投手は沢村栄治。全日本のエースとして34年の日米野球でメジャー・リーガーたちの目の色を変えさせ、35年の第1次アメリカ遠征では21勝8敗1分と活躍して現地でも人気に。そのまま巨人の初代エースとなり、プロ野球で初めてノーヒットノーランを達成、37年春には初代MVPに輝いた右腕だ。いまだに「史上最速の投手」という話題では必ず名前が挙がってくるなど、伝説度も抜群だ。

 あえて中継ぎには沢村をライバル視した“酒仙投手”西村幸生を置いた。沢村が好投しても、それを上回るリリーフでゲームを作ってくれそうだ。沢村のピンチでの救援登板となれば、その強心臓が頼りになる。沢村と西村は、ともに三重県出身の同郷でもあり、プロの先輩で同郷の後輩でもある沢村のピンチを完璧にフォローしてくれるだろう。

 抑えには“七色の変化球”を操った若林忠志を据えた。ハワイ出身の日系人で、戦後のプロ野球を支えた功労者でもある。剛速球と“懸河のドロップ”を駆使する本格派の沢村、制球力と強心臓の西村、プロ野球で初めてナックルを投げた若林と、異なるタイプの好投手によるリレーとなった。

 投手陣はタイガース勢が優勢。圧倒的な勝率を誇り、ロイド眼鏡の風貌から“銀行屋”とも呼ばれた御園生崇男(タイガース)もいる。異色なのが、アンダースローのパイオニアとなった重松通雄(阪急)。アンダースローの好投手が多かった阪急にあって、その“元祖”とも言える存在だ。さらに異色で、神話というより野球マンガの登場人物に近いのが石田光彦(阪急)。クリスチャンでもないのに胸も前で十字を切る“十字架投法”で、37年と40年にはノーヒットノーランも達成している。

 沢村に続く2代目MVPのハリスを司令塔に据えて“MVPバッテリー”としたが、吉原正喜(巨人)や門前真佐人(タイガース)でもいい。吉原は戦死したため、わずか4年の在籍だったが、川上哲治千葉茂らがいた“花の(昭和)13年組”の出世頭として1年目から巨人の正捕手に。門前はタイガースの契約第1号選手で、強肩と巧みなリードが持ち味。優勝への貢献度でも吉原に匹敵する。

プロ野球のパイオニアたち


阪神・景浦将


 用具も粗悪だった時代に守備でファンを沸かせた名手で一、二塁間を形成した。驚異的な体の柔らかさで股を割って腕を伸ばし、どんな悪送球でもグラブに収めたのが一塁の中河美芳。“飛燕”など、さまざまな比喩で称えられたのが二塁の苅田久徳だ。“猛虎魂の権化”松木謙治郎(タイガース)も一塁手で、初代主将も務めた打撃の職人だが、伝説度と守備力では中河に分がある。

 タイガースからは三塁に藤村富美男を据えた。40年代は“物干し竿”と呼ばれた長いバットを振り回し、50年代まで長く活躍した“元祖ミスター・タイガース”は、プロ野球の初代本塁打王でもある。ここでも主砲として打線の中心となる存在だ。

 遊撃にも“逆シングル”で鳴らした名手の白石敏男。片手での捕球で沸かせた中河とともに、逆シングルも現在では常識的なプレーだが、当時は邪道だった。そんな時代にあって、自らの工夫と猛練習で“常識”を切り開いたパイオニアだ。

 また、好守好打の内野手では、二塁手で大日本東京野球倶楽部の契約第1号選手でもある三原修、三塁手では応召まで巨人の中心選手だった水原茂ら、のちに2リーグ時代を監督として引っ張った智将もいる。

 外野には後年、初の三冠王と認定された中島治康、“野球名人”坪内道則(道典)、外野フライをヘソの前で捕球するプレーで人気を博した山田伝が並んだが、阪急のレジェンドでセーフティーバントの名人だった西村正夫、タイガースからはカーブ打ち名人の山口政信、プロ野球第1号本塁打を放った元祖ダウンスイングの藤井勇ら西日本勢に個性的な外野手がいる。

 指名打者もタイガースからで、投手として、打者として、沢村と真っ向勝負を繰り広げ、草創期のプロ野球を大いに盛り上げた元祖“二刀流”の景浦将。2人の名勝負がなければ、プロ野球が数年でついえていた可能性すらある。プロ野球の礎を築いた功労者だ。

 最新の用具を備えた彼らが、2010年代の選手たちと対戦したら……。時の運に左右される一発勝負ではなく、できることなら長期戦を、じっくりと楽しみたい。

写真=BBM
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