『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。「現役を引退してから別のお仕事で頑張っている元プロ野球選手」のもとをパンチさんが訪ね、お話をうかがう連載です。今回は「元プロ野球選手」であることを知らない人も多いのではないでしょうか。「悪役商会」代表のベテラン俳優であり、元東映投手の八名信夫さんをお訪ねしました。 長身と運動能力生かし、迫力ある死に方を工夫
八名信夫氏
「しょうがねえなあ。じゃあお前は現場で仕事を覚えろ」
そう社長に言われ、送り出された撮影現場。最初の仕事は、“通行人”役だった。朝の10時から夕方5時まで、衣装を変え、場所を変え、メーンキャストの背景となって歩き続ける。
しかし歩けど歩けど、ギャラは増えず。フライヤーズ時代に買った車や高級時計を次々売り、住まいもマンションから小ぢんまりしたアパートに移って食いつないだ。
「こんなことやってても、食っていけねえな」
俳優を辞めて、岡山に帰ろうか。そんなことをまた考え始めた矢先、大きな転機が訪れた。
パンチ どのくらい、そんな役をやっていたんですか?
八名 1年もやらなかったよ。もう辞めようかと思っていたとき、7、8年悪役をやってる先輩が、高倉健さんに撃たれるシーンを見たんだ。バーンっと撃たれて、腹を押さえて地面に倒れ込む。迫力が出るよう、倒れる場所にあらかじめ灰を撒いて、砂煙が上がるようになっているんだね。だからあっちで撃たれても、とっとっと……とそこまで来て、倒れなくちゃいけない。
パンチ 狙いを外さず、うまく灰の上に倒れないといけないわけですね。
八名 それを見て、「砂煙を多く立たせるんだったら、わしはアイツらに負けんぞ」と思った。それで監督のところに行って、「私は身長1メートル82センチあります。私みたいなのが倒れたほうが、砂煙がブワーッと派手に上がるんじゃないでしょうか」って言ったんだ。すると監督、「それは一理あるな。よし、一度死んでみい」。
パンチ さすが、度胸がおありですね(笑)。
八名 半分辞めるつもりだったからねえ。それでやってみたら、健さんが「やっぱり運動していただけあって迫力があるな」って喜んでね。普通の倒れ方せんからな。トレンチコートを着て、撃たれたら一回転するんだよ。すると風を含んでコートがブワッと広がるでしょ。その風をうまく利用しながら、灰のところへ行ってダーンっと倒れると、砂煙が派手に上がる。
パンチ すごい迫力ですね。
八名 そりゃあ、他のヤツとは違う。監督にも「お前、もう歩かんでいいから、これからは死ぬことを覚えろ」って。実際、歩くのは衣装を換えながら何日でも同じ映画に使われるんだ。でも死んでしまえば、その映画には使えない。当時映画は出演料が1本3000円で、早く死ねば次の仕事ができるわけ。
洋画を見ながら死に方を工夫
パンチ どんな死に方を覚えて、悪役としての地位を築いたんですか。
八名 なんせ、人と同じ死に方をしちゃいかんなと思った。夏に火の中とか冬に水の中は、みんな嫌がるし、危険手当が500円つく。1日何回死ねばいいんだって計算してね(笑)。それから一つひとつ、洋画を見ながら死に方を工夫したよ。
パンチ 教材は洋画だったんですね。
八名 そう。なんせ入った以上、やるしかない。梅宮辰夫や山城新伍にできて、わしにできんことがあるかって気持ちで、常にやっていたよ。
パンチ 実際、悪役は大悪人から道化まで演じて主役を引き立てますよね。悪役の役者さんのほうが、実はうまいんじゃないですか?
八名 俺はそう思うよ。タバコ一つ吸うんでも、悪役が吸うのと主役がタバコをふかすのでは、違う。悪役の煙は殺意があるもん。
パンチ ああ、いい言葉だ。
八名 主役はカッコよさばかり。だから、今日は鶴田浩二さんと殺し合いをやるという日なんかは、鶴田さんとあいさつもほとんどしない。
パンチ そこから気持ちを入れていくわけですね。
八名「アイツを殺すんだ」ってね。今の悪役は、殺されに行くのよ。殺しに行って、殺されなきゃ。監督や主役に対して、「また使ってください」っていう媚びがちょっとでもあったら、目が死んでしまうんだ。
パンチ 野球をやっていたことが生きた部分はありましたか?
八名 片岡千恵蔵さんとか萬屋錦之介さんとかが、「八名の立ち回りは迫力がある」「安心感がある」と言ってくれてね。間違っても主役にケガをさせない。例えば刀で斬り合うとき、右、左、右、それで俺が下を払ったら、主役が飛び上がる、とか手が決まっているわけ。ところが主役が順番を間違うんだ。飛び上がらないとかね。そこで、俺は刀を止めることができた。それは野球をやっていたおかげだと思うね。
パンチ センスですよね。
八名 スナップが効いていたんだね。それで若山富三郎さんなんかも、「八名、お前ラストでわしの横に来い」とか言ってくれて、だんだん(画面に)映るようになってきた。
<「3」へ続く>
●八名信夫(やな・のぶお)
1935年8月19日生まれ、岡山県出身。岡山東高から明大(中退)を経て、56年に東映フライヤーズ(現
北海道日本ハムファイターズ)に入団し、試合中の負傷のため58年限りで引退。通算成績は15試合登板、0勝1敗、防御率3.86。引退後は親会社の東映で俳優として活躍し、数多くの映画、ドラマ、舞台などに出演。後に俳優集団「悪役商会」を結成した。現在は脚本・監督・主演を務める映画『駄菓子屋小春』を、熊本で熊本の皆さんとともに撮影中(今秋完成予定)。
●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年
オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。毎週日曜20時からFMたちかわにて『パンチ佐藤の“ガッツで行こうぜ!”』が絶賛放送中。
構成=前田恵 写真=山口高明