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プロ野球仰天伝説

原の左手を破壊した津田のストレート/プロ野球仰天伝説206

 

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

「津田に対して力をセーブすることはできない」



 快速球を武器に、1球1球に魂を込めて打者に投げ込んだ広島の津田恒美。当初は先発だったが故障に苦しみ、1986年から抑えに転向して“炎のストッパー”と称された。

 強い相手には特に燃えた。86年はライバル巨人相手に15試合を投げ、失点はわずか1。ほとんどの投手が逃げ回った阪神の三冠王・バースに対しても真っ向勝負。すべて150キロ強のストレートで3球三振に斬って取ったとき、バースは「ツダはクレージーだ」とコメントした。

 さらに、同年9月24日には巨人の四番・原辰徳の打者生命を断ったと言われる1球もあった。原は津田のストレートをファウルした際、手のひらを骨折。巨人が優勝を逃しただけでなく、原自身も以後、全力のスイングはできなくなってしまったという。

 ただ、原に後悔はまったくない。後年、次のように語っている。

「その前、守備で飛び込んだときに人工芝に突いてしまって、左手首が痛かったんですよ。優勝争いもしていたので、なんとかごまかしながらやっていた。そうしたら最後、いい場面で自分に(打順が)回ってきてね。六、七分の力でしか打てない、それ以上の力で打ったらおかしくなるな、というのは自分で感じていたんだけど、津田がまさに全力投球でしょ。それに対して自分の力をセーブするなんてダメだと思ったんですよ。それで『よし、この打席、行こう!』と思い切って振った。

 いまだに、このときのスイングは自分の一番いいスイングだと思っています。それでファウルだったけど、当たったときにバキッと音がした。(骨が)折れたことには悔いはなかったですよ。津田というのは、そういうふうに思わせるピッチャーでしたね」

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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