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石田雄太の閃球眼

数字に支配され過ぎたMLB。流行の守備シフトの是非/石田雄太の閃球眼

 

一、二塁間に4人が守るドジャースの極端な守備シフト。写真は2014年


 ロサンゼルスの南、トーランスの街の真ん中に老舗のステーキハウスがある。古ぼけて殺風景な外観の知る人ぞ知るその店は、じつに55年の歴史を誇っている。

 看板メニューは分厚いプライムリブ。柔らかくてジューシーで、美しいピンク色に焼き上げられた肉の切り口を眺めていると、肉の扱い方はアメリカ人にはまだかなわないのだなと思い知らされる。たとえば焼き方をきかれてミディアムレアを頼んでも、「ウチの肉はミディアムが食べごろなのよ」と強引に勧められる。結果、それは大正解なのだが、肉に対する店のこだわりは半端ない。日本では大枚をはたけばいくらでも繊細で極上のステーキを食べることができるのだが、ここのプライムリブのように格安で、十分な分量の、これほど味わい深い肉料理を堪能することは難しいだろう。

 アメリカでメジャーの取材をしている真っ只中、気の置けない仲間とその店でプライムリブを頬張りながら、「野球もそうだよね」という話になった。

 日本の野球がどれほど緻密で、いかに美しく成熟してきたとしても、根っこのところで底力をたくわえたアメリカの野球にはまだまだかなわないのだなと、これまで何度も思い知らされてきた。ナマで目撃したノーラン・ライアンやドワイト・グッデン、ペドロ・マルティネスらの、うなりを上げるストレート。アレックス・ロドリゲスの放つ高々と舞い上がった弾道のホームランや、ケン・グリフィー・Jr.の打った三段ロケットのような弾道のホームラン。メジャーの野球には華やかさと豪快さが同居していて、だからこそ超一流のメジャー・リーガーに憧れ、その舞台に挑んだ野茂英雄イチローの活躍に胸を躍らせたのだ。

 やがて、その根っこは変わらないことを前提に、でも最近のメジャーは少しばかり風向きが変わってきてるよね、という話になる。野球にセイバーメトリクスが取り入れられるようになって、データ重視の流れは加速するばかり。数字による野球の可視化は留まるところを知らず、ついにはフライボール革命やらバレルゾーンなる言葉が飛び出し、メジャーの野球がロボットにもできるスポーツになってしまいそうな、そんな居心地の悪い空気に包まれている。

 メジャーのバッターはツーストライクに追い込まれても“自分のスイングをする”という名目のもと、フルスイングしかしない。だから技巧派のピッチャーが激増し、動くボールをピンポイントで操るピッチャーが超一流と呼ばれるようになっている。自分のスイングをしたときの打球方向は明らかな傾向が割り出され、だからランナーがいない場面では極端なシフトが敷かれる。セカンドベースの右に弾き返した打球を、ショートを飛び越えてセカンドの定位置で守るサードが捕ってサードゴロ、なんてことはもはや珍しくなくなった。シフト破りの逆方向への打球を意識したバッティングをしようものなら「スラッガーが自分のスイングをしない発想に至った時点で、シフトは成功」と、シフトを敷く側が開き直るものだから、昭和の野球を学んだ古狸の野球記者は寂しくてたまらない。

 そもそも極端なシフトといえば日本も負けていない。今から54年前、一本足でホームランを量産し始めた王貞治に対し、当時のカープ・白石勝巳監督が編み出した“王シフト”。野手を極端に右方向に寄せて三塁側をがらあきにする守備隊形について、王がこんな話をしていたことがある。

「王シフトが敷かれたとき、頭の上を越してやれば、そんなの関係ないと思ったことは事実なんだけど、でも、いつもそうだったわけじゃないんだよね。とくに調子がよくないときは、三塁側へちょこんとゴロを転がしときゃ、チームのプラスになるなんて心の中で自分に言い訳しながらね。そうやって打とうかなと思ったこともあったよ。でもトータルで考えたら僕がそんなところへ打つよりも、自信満々にガーンと打っていったほうが、チームにとってはプラスになるに決まってるんだよね」

 王シフトは弱者の発想だった。強大な相手に対抗するための奇策であり、弱者だからこそ許されたのだ。翻って今のメジャーで流行っているシフトは、弱者の戦法ではない。確率論から、明らかな傾向なのだから当然だ、という発想に立っている。しかしながら数字に支配され過ぎてそれがスタンダードになってしまっては、野球が選手の感情を拒んだコンピューターゲームになってしまう。肉を焼くのも野球をするのも、店のこだわりとか選手の負けん気とか、そういう感情が垣間見えるからおもしろいし、価値があるのだ。野球記者がそんな話で盛り上がったら、あっという間に老舗のステーキハウスの夜は更けていく――。

文=石田雄太 写真=GettyImages
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