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石田雄太の閃球眼

リアルな現実の中で一歩ずつ、着実に歩みを進めた“野球少年”のパイオニア/石田雄太の閃球眼

 

今季はドジャースのブルペンキャッチャーを務める石橋史匡さん


 夏も終わろうかというシアトルのセーフコ・フィールドで、懐かしい顔を見つけた。試合前、三塁側のベンチから身を乗り出すように、外野でキャッチボールをするイチローを見つめていた彼――ドジャースのブルペンキャッチャー・石橋史匡さんだ。

 石橋さんは3年前、ドジャース傘下のマイナーリーグのチームで、日本人初のフルタイムでのコーチを務めることになり、今シーズンもユタ州にあるアドバンス・ルーキー級のオグデン・ラプターズでコーチを務めるはずだった。しかし、スプリングトレーニングが始まる直前、石橋さんはチームからメジャーへの合流を求められた。ブルペンキャッチャーが不足していたからだ。

 もともと群馬の東農大二でキャッチャーとしてプレーしていた石橋さんは、どうしてもアメリカで野球をやりたいと単身、渡米。アメリカの大学や独立リーグ、ドジャース傘下のマイナーチームでプレーするなどして、高校卒業後のキャリアのほとんどをアメリカで過ごしてきた。そしてプレイヤーとしてドジャースをリリースされた後、石橋さんは職員としての契約をオファーされる。その一環として2012年のシーズン途中から2013年までブルペンキャッチャーを務めていたこともあって、今回のオファーにも石橋さんに迷いはなかったのだという。

 以降、彼は今シーズン、ずっとドジャースに帯同し、投手陣のボールをブルペンで受けてきた。そんな流れの中で、8月のシアトル遠征にも帯同していたというわけだ。試合には出ないものの、これまでと変わらずチームメイトと一緒に練習に励むイチローを見つめていた石橋さんは、こう言った。

「2001年、イチローさんのメジャー1年目ですよね。僕はアメリカの野球が好きで、好きでたまらない、そんな高校3年生でした。午前中、マリナーズの試合をテレビでやっていると、授業を抜け出して高校の食堂でイチローさんのプレーを見ていたんです。あのとき、テレビで観ていたイチローさんが今、こうして目の前で練習しているんですから、なんだか不思議な感じがしますよね」

 どこか遠い目をした石橋さんは「あれからもう18年にもなるんですね……」と呟いた。18年という歳月は、石橋さんを群馬の野球部にいたメジャー好きの高校生から、ドジャースでクレイトン・カーショウのボールを受けるブルペンキャッチャーにまで成長させた。シアトルでも、登板に備えて傾斜のない芝生の上でピッチングをするカーショウの姿があったのだが、そのボールを受けているのは石橋さんだった。ミットはほとんど動かない。正確無比なリリースから放たれるボールは、これまたメジャーの超一流を感じさせる。遠い目でイチローを見ていた石橋さんだが、もちろんカーショウのことを遠い目で見ているわけにはいかない。石橋さんはこうも言っていた。

「もちろん、カーショウのことはチームの誰もがリスペクトの気持ちを持って接していますし、僕もそうです。ただ、僕の仕事は彼のカベに徹することですし、そうであるならば、彼にとってのいいカベでありたい。いいカベというのは、いつもある、探さなくても必ずそこにある……それがいいカベだと思っています」

 石橋さんは今年、35歳になる。

 日々、カーショウだけでなく前田健太らドジャース投手陣のボールを黙々と受け続け、こうしてイチローとも同じグラウンドに立っている。プレイヤーとは違う形であっても、憧れていたメジャーのチームでこうして仕事ができているのは、石橋さんがテレビの中の憧れの世界へ近づくために、リアルな現実の中で一歩ずつ、着実に歩みを進めた結果にほかならない。そういう連鎖によって生まれた力が、この国の野球界を前へ進めていくのだろう。

 石橋さんはテレビでメジャー1年目のイチローのプレーを見て、日本人にこんなことができるのかと心を動かされた。そして一人でアメリカへ渡ろうと腹を括り、遠い遠いメジャーの舞台を目指して慣れない土地で戦ってきた。あれから18年、今や石橋さんはドジャースから求められ、ワールドシリーズ制覇を目指すチームの一員として、イチローと同じ舞台で戦っている。そのイチローは今年もメジャーでプレーし、打ったヒットは3000本を超えた。そのおかげで、野球少年にとってのメジャーへの距離感は縮まり、海を越えようという若者は珍しくなくなった。もしかしたら、そのパイオニアは石橋さんなのかもしれないな……シアトルで石橋さんと話をしていたら、そんなことを考えるに至った次第――。

文=石田雄太 写真=Getty Images
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