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甲子園優勝監督と一、二番コンビを組んだ作新学院高時代 多くのアマ選手に夢を与えたロッテ・岡田幸文

 

作新学院高時代のロッテ・岡田。3年間で甲子園に出場することはできなかった


 写真を見れば分かるように、いかにも足が速そうで、塁に出したくないタイプだ。作新学院高時代のロッテ・岡田幸文。1学年上には2016年夏の甲子園で全国制覇へ導いた小針崇宏監督がおり、岡田は先輩から主将の座を引き継がれた間柄だ。作新学院高は岡田が入学する直前のセンバツ(2000年)に出場。残念ながら、在学中は全国舞台と縁がなかった。

 岡田は9月26日、今季限りで引退することを表明し、記者会見を開いている。10年間のプロ生活に終止符。初打席から2496打席本塁打ゼロは、プロ野球記録である(9月26日現在)。

 高校当時は「一番・中堅」岡田に「二番・二塁」小針によるツートップを組んだ。小技ら細かいプレーが得意だった小針監督の前で、トップバッターの後輩は自身のプレーに集中できたという。プロでも輝きを放ったしぶとい打撃に、俊足を生かした守備範囲の広い外野の守りの基本は、作新学院高での3年間で磨かれたことは言うまでもない。

 日大を故障により中退し、全足利クラブを経て2008年の育成ドラフト6位指名でロッテに入団した苦労人だ。1年目に支配下登録されると、2年目の2010年には中日との日本シリーズ第7戦(ナゴヤドーム)で延長12回に決勝適時三塁打。パ・リーグ3位からの「下克上」を遂げた歴史的一戦の殊勲打だった。岡田は10年間のプロ生活で記憶に残るシーンとして挙げており、この打席で対戦した中日・浅尾拓也も9月26日に引退会見を開いているのも、何かの縁を感じずにはいられない。

 さて、2016年12月、宇都宮市内で行われた甲子園優勝祝賀会に作新学院高OB・岡田の姿もあった。笑顔、笑顔で先輩・小針監督の偉業を自分のことのように喜んでいた。パーティー中は終始、学校関係者、先輩後輩などに囲まれていた。落ち着かない時間が続く中でも、嫌な顔一つせずにサインに応じるなど、気さくな素顔が印象的だった。26日の引退会見の最後にはロッテ・福浦和也から花束で労われた事実からも、人望の厚さがうかがえる。

「育成の星」と言われた岡田は、努力の積み重ねの大事さを教えてくれた。野球は9人で戦うスポーツであり、大砲だけそろえても勝てない。範囲を広げればベンチ入り25人で、試合終盤の重要局面に控える守備・代走要員も、重要な任務である。クラブチーム出身から一流へ駆け上がった足跡は、プロを目指す多くのアマチュア選手に勇気と希望を与えた。

文=岡本朋祐 写真=BBM

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