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川口和久WEBコラム

上原浩治のピッチングは奇跡へのプロローグなのか。/川口和久WEBコラム

 

カンフル剤、鎮静剤、カンフル剤


実績なんて関係ない。必死さが伝わるマウンドだった


 10月14日、あのヤクルト戦(神宮)は巨人ファンにとって大きな試合になったんじゃないかな。

 菅野智之がCSの大舞台でノーヒットノーラン。ついにファイナル進出を決めた試合だ。
 試合が終わった後の「ヨシノブ」コールは惜別の同情からじゃなかった。
 称賛さ。「いい試合を見せてくれてありがとう。次も期待しているぞ」というね。

 ただ、それもその前の試合があってこそ──。
 13日のファーストシリーズ第1戦、勝利の立役者は上原浩治だった。

 巨人が2対1で迎えた5回二死二塁、打者・山田哲人の場面。
 打たれたら流れは一気にヤクルトに傾く。

 ここで上原の起用には正直、驚いた。9月23日から公式戦登板はなかったし、山田には3打数2安打と相性もよくない。
 だけど、上原は山田をスプリットで三振、その後、6回も続投し三者凡退に仕留めた。

 逆転負けへの分岐点となりかねない場面で必死に踏みとどまり、味方打線に勇気を与えた17球だった。まさにカンフル剤になったね。

 彼は俺が1998年限りで引退した後、入れ替わりで99年、巨人に入った。
 最初から完成されていた投手で、ベース板の四隅にきっちり投げ分け、左打者ならインコースへのストレートで追い込み、外のフォークで打ち取るパターンが確立されていた。
 テンポもよかったし、機械のようなピッチングをするなと思った。

 1年目から、いきなり20勝だからすごい。その後、抑えに回っても活躍し、FAで移籍したメジャーでもリリーフで大活躍をした。

 ただ、今季から巨人に復帰はしたけど、正直、以前とは違っていた。43歳だから衰えもあるしね。
 最初の印象は「球が遅えなあ」だった。それでもストレートと同じ腕の振り、軌道から変化するスプリットと“顔”で抑え、序盤はチームのカンフル剤になった。
 その後、打ち込まれ、「カンフル剤から鎮静剤になっちゃったかな」と思っていたら、最後に帰ってきたね。この大一番でカンフル剤に戻った。すごい男だよ。

同級生効果で由伸監督が変わった?


 トータルの結果を見たら、決して期待どおりとは言えなかったけど、俺は開幕したころから上原の加入は、すごく大きいなと思っていたんだ。

 ほんとチームが変わったからね。
 昨年までの巨人は、はっきり言ってムチャクチャ暗かった。元コーチの俺が球場に顔を出しても、何人かがボソボソとあいさつにくるくらい。
 それが上原が来て変わった。チームが元気になったんだ。
 一人入るだけでこんなに違うのか、とびっくりした。

 一番変わったのは、由伸監督かもしれない。表面的には相変わらず物静かだけど(暗いとは言わんよ)、やることが大胆になった。
 岡本和真、ケガをしたけど吉川尚輝田中俊太と若手野手を積極的に起用し、一気に若返ったし、躍動感のある選手が多い。
 ホームランでしか点を取れないチームから、いつの間にかベースを駆け回るチームになった。
 吉川尚が離脱したときも、昨年までならマギーをセカンド、レフトがゲレーロだったかもしれない。特に終盤戦は、ダメなら辞任と腹をくくったのかもしれないけど、チームを変えようという由伸監督の意思を何度も感じた。

 実際はどうだったか知らないけど、俺は同級生の上原の存在が大きかったんじゃないかと思っていた。
 監督、選手だからそこまでざっくばらんにはなれなかったと思うけど、長い付き合いの同級生って、腹を割ってホンネで意見の言い合いができるでしょ。もともと、あの2人、仲がいいしね。

 巨人はコーチ陣に年上が多い。お世辞じゃなく、マジメで優秀なヤツばかりだから必死に由伸監督をサポートしたと思う。

 でも、俺はなったことがないから分からないけど、たぶん、監督って孤独だと思う。
 自信がないときや不安になるときもあると思うよ。
「きょうの采配成功だったのか、失敗だったのか」「選手がちゃんと自分についてきてくれるか」とかね。
 由伸は若いからなおさらだったと思う。

 まあ、いくら上原でもそうズバズバ言えんだろうから、「さすが監督!」「大丈夫、選手みんなが頑張るって言っているから」くらいだったかもしれないけど、笑顔で何か言ってもらえると、それだけでも背中を押される気持ちになったと思う。勇気をもらえたはずだよ。

 上原は入団時、「雑草魂」って言っていた。俺は高い契約金もらって、それだけの能力があって雑草はないだろと思ったけど、いまは本当の「雑草魂」じゃないかな。若いときの球速もない中で、必死で気持ちを奮い起こして、同級生のためにマウンドに立っている。

 でも、クライマックスを突破し、日本一になったら読売グループは由伸監督をどうするのかな。

 ファイナル、日本シリーズを戦うには先発の頭数が足りない。菅野だけじゃ1勝だけかもしれないし、言うほど簡単じゃない。
 けど、奇跡を起こす可能性はある。カギを握っているのは、この43歳だと思うよ。
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