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ドラフト会議物語

【ドラフト会議物語39】自由獲得が登場!オリックスがまさかの15巡まで指名【2001年】

 

今年は10月25日に行われるドラフト会議。毎年、金の卵たちが、どの球団へ進むか大きな注目を集める“一大イベント”で、さまざまなドラマも生まれる。今年で54年目を迎えるドラフト会議の歴史を週刊ベースボールONLINEでは振り返っていく。

個性派が各順位に散らばる


寺原は4球団競合でダイエーが交渉権獲得。右から巨人・原監督、ダイエー・王監督、横浜・大堀社長、中日・山田監督


2001年11月19日
第37回ドラフト会議(新高輪プリンスホテル)

[自由枠・1巡目選手]
日本ハム  江尻慎太郎(早大)自
阪神    安藤優也 (トヨタ自動車)自
      浅井良  (法大)自
ロッテ   喜多隆志 (慶大)
中日    前田章宏 (中京大中京高)
オリックス 小川裕介 (立命大)自
      平野恵一 (東海大)自
広島    大竹寛  (浦和学院高)
西武    細川亨  (青森大)自
横浜    秦裕二  (智弁学園高)
ダイエー  寺原隼人 (日南学園高)
巨人    真田裕貴 (姫路工高)
近鉄    朝井秀樹 (PL学園高)
ヤクルト  石川雅規 (青学大)自

 93年から8年間続いた逆指名制度に代わり、自由獲得枠が設けられた。これは、高校生以外の2名までを、ドラフト会議以前に契約締結できる制度。自由獲得2名の球団はドラフト会議で1〜3巡目までの選手を獲得できなくなる。1名の場合は1巡目、3巡目が指名できず、自由獲得なしの場合は2巡目指名ができない。

 高校生と大学生・社会人の大物を同時に取れなくなり、「戦力集中を防ぐ」というドラフトの原点に、わずかではあるが立ち返る形となった。

 新制度を使ったのは5球団で7選手。ヤクルトの左腕エース・石川雅規、阪神・安藤優也、堅守の捕手・西武の細川亨、内外野の守備の名手・オリックスの平野恵一らの名前がある。

 注目を集めたのは、快速球右腕・寺原隼人だ。彼の存在が新制度を5球団にとどめたとも言えるだろう。中日、横浜、ダイエー、巨人が1巡目で競合。王貞治監督が当たりクジを引き当てたが、ダイエーの寺原指名はギャンブルでもあった。

 社会人No.1投手でダイエーと相思相愛だった杉内俊哉(三菱重工長崎)の存在だ。自由枠で確実に獲得したいところだが、そうすると寺原を指名できなくなる。結果、事前の「ダイエー以外なら残留」の言葉も効き、他球団の指名なく、杉内も3巡目で獲得できた。ほか1巡目には広島・大竹寛、巨人・真田裕貴らの名前がある。

 2巡目は3人だったが、その中の大物は西武のおかわり君こと中村剛也(大阪桐蔭高)。西武は4人の指名だったが、4巡目でも巧打の外野手・栗山巧(育英高)を獲得と、精度の高いドラフトだった。また、7人となった3巡目ではロッテが今江敏晃(PL学園高)を獲得している。

 下位にも好選手の名前があり、中日が6巡目で、遅咲きの右腕・山井大介(河合楽器)、8巡目で左腕リリーバー・高橋聡文(高岡第一高)、巨人が7巡目で左腕・林昌範(市船橋高)、近鉄がオリックス時代に先発ローテに入った近藤一樹(日大三高)、広島9巡目が堅守の外野手・天谷宗一郎(福井商高)、オリックスは9巡目で本柳和也(日本通運)、10巡目で後藤光尊(川崎製鉄千葉)の名前がある。

 この会議では、ほとんどの球団が8巡目までで指名を終え、広島が10巡目まで使った。会見場ではオリックスの指名だけが15巡目まで続く、異様な光景となった。

<次回に続く>

写真=BBM
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