『ベースボールマガジン』で連載している「現役を引退してから別のお仕事で頑張っている元プロ野球選手」のもとをパンチさんが訪ね、お話をうかがう連載です。今回はヤクルト、西武、日本ハムで活躍し、現在は東京・下北沢で体に優しいヘルシーメニューのカフェ、ナチュラルキッチン「イニング＋」を営む米野智人さんを訪ねました。

現役終盤に知った食事法をビジネスに

　引退を申し入れたとき、球団からは「選手兼コーチ補佐で、来年も残ってくれないか」と慰留された。

「だけど自分の中で、野球からは一度離れようと思ったんです」と米野さん。決して野球を嫌いになったわけではない。ただ、自分がコーチになるイメージが湧かなかった。

　かねてから興味を持っていた、食にまつわる仕事。やるなら今しかない、と思った。

パンチ　食に興味を持ったのは、何かきっかけがあったのかな。

米野　30歳前後から、体調があまりよくなかったり、疲れが取れなかったりする日が増えてきたんです。自分では若いと思っていても、やはりトシなのか。練習し過ぎでもないし、しなさ過ぎでもない。ちょうどよくコンディションを整えているのに、寝て起きても疲れが取れない。そのとき唯一あまり気を使っていなかったのが、食だったんです。時間も気にせず、好きなものを食べていたんですが、それを見なおしたら、効果があったんですよ。面白いな、と思いました。

パンチ　実際、食生活をどんなふうに替えたの？

米野　初めは化学調味料を取らないようにしたり、野菜もなるべく新鮮で無農薬のものにしたり、外食も脂っこいものばかり取らないようにしたり、というところからですね。そこからグルテンフリーと言って、小麦粉を使わない食事方法なんですが、それを取り入れて、より一層体調がよくなりました。

パンチ　それを実際、商売にしてみたいなと思ったのはいつごろ？

米野　一昨年、現役を辞める年くらいからですね。辞めたあと、こういうことをやってみたら面白いんじゃないかって。

パンチ　「面白いんじゃないか」というところから、どんなふうにしてここまで来たの？

米野　いろいろな方に相談しながら、とりあえずやってみるしかないなと思ってスタートしたら案の定、メチャクチャ大変でしたね（笑）。

パンチ　ある程度考えていたんだったら、開業資金は貯金していたということなのかな。

米野　自分の貯金から初期費用として出して、あとはちょっと借り入れをして、運転資金にしました。でも後になってみれば、もっと初期費用を抑えたかったなと思うし、勉強になりましたね。まだ1年半程度しかやっていませんが、いろいろ失敗しながらここまで来ています。

パンチ　失敗というと？

米野　今、僕が現場で料理を作っていますが、最初はそういうイメージではなかったんです。厨房は誰かに入ってもらって、自分は外に出て「こういうことをやっています」と営業的なことをしていきたかった。でも、そうもいかなくて。

パンチ　いや、そこは自分でやってよかったと思うよ。で、料理はどこかで勉強したの？

米野　初めの5カ月間は、2つ上の兄が厨房に入ってくれました。兄はもともと商売をしていたわけではないんですが、料理が得意だったんです。でも兄も北海道に家族を置いてきていたので、5カ月が限界。その間に「できる範囲のことをやればいいよ」と基本から教わって、今は僕が自分で作っています。

パンチ　うわあ、5カ月も来てくれたの？　うれしいね。兄貴はふだん、どんな仕事をしている人なの？

米野　僕の両親が札幌で15年ほど前から喫茶店をやっていまして、兄はそこで夜、営業しています。

パンチ　お兄さんがいなくなってからは一人で作っているの？

米野　料理は僕で、マフィンとかスイーツ系は奥さん（貴美夫人）が作ってくれています。初めはメチャクチャ不安で、「お客さんが来たとき、本当に出せるのかな」と（苦笑）。実際、最初は提供するのが遅くなったこともありました。でもそういう状況のなか、だんだんできるようになってきました。「やるしかない」と思ったのが、結果的によかったんだと思います。

パンチ　メニューはどんなものがあるんですか。

米野　ランチメニューは少ないんですが、『ギーチキンカレー』といって、無塩バターから不純物を取り除いたオイル“ギー”を使ったカレーと、グルテンフリーの米粉にスーパーフードを練り込んだパンを使った『ホットサンド』になります。夜は鶏肉、豚肉などの肉料理やサラダ、一品料理も何品か作っています。

パンチ　ご両親が喫茶店をやっていらっしゃるんでしょう。ご両親からのアドバイスも大きかったんじゃない？

米野　コーヒーの淹れ方は教わりました。それで、父親が焙煎したコーヒーを仕入れています。結構評判がいいんですよ。

パンチ　飲食店の経営に関することは聞いてないの？

米野　そこまでは聞いていないんですが、ウチの父親はもともと銀行員だったので、「分からないことがあったら聞いて」とは言われています。

球界に別れを告げるときは不安だけでなくワクワク感を

パンチ　今、手ごたえはどう？

米野　お客さんも少しずつ増えて、本当に地道にですけど、前には進んでいるかなと思います。今はSNSもあるので、時間をかけてでも、自分がずっと続けてきてよかったと思うグルテンフリーについてもっと知っていただけるよう、発信していきたいですね。

パンチ　体にいい料理を出すのはもちろん基本形だろうけど、商売をやっていくうえで、奥さんと「これだけは守っていこうよ」というところはありますか？

米野　ヘルシーな料理を提供して、「ここに来てよかった」と思っていただくだけでなく、さらに付加価値をつけて満足していただけるように。僕らとのコミュニケーションで元気になって帰っていただけたらなと思います。

パンチ　それは俺も同じ。なんといっても、『元気配達人』がキャッチフレーズだからね。お客さんが笑顔で帰ってくれたら、うれしいよね。

米野　はい、「おいしかったです」と言葉で言ってくださって、表情にもそれが表れている。それが僕らに伝わったときは、なおさら喜びがありますね。

パンチ　さて、将来へのプランはどんなものを思い描いているのかな。

米野　自分は野球をずっとやってきて、中でもプロ生活を17年間も過ごしてきたので、野球は得意なことであり、強みでもあると思うんです。そこはなんらかの形で生かして、社会に貢献したいと思います。あとはスポーツと食というのはリンクしていると思いますから、そこも何か絡めていきたい。食の安全について考えていく、とか。のちのち、僕も現場から離れて外に出て、そういったものを発信していきたいですね。まあ、そのときには誰か料理のできる人を雇わなければならないので、経営の勉強ももっとしなくてはならないと思います。

パンチ　やがて球界を去る後輩たちに、何かひと言お願いします。

米野　ワクワクしたほうがいいよ、と言いたいですね。野球に未練があって続けたいのならチャレンジすればいい。そうでなく、次の仕事を考えるときは不安だとは思いますが、それも新たなステージへのチャレンジ。不安と一緒に、ワクワク感も持ってほしいですね。僕もクビを切られたら、自分に何ができるんだろうと思っていましたが（笑）。なるようになるから、大丈夫ですよ！

パンチの取材後記

　夫婦2人で切り盛りしているお店。米野君がプロ野球選手を辞めてから結婚したという奥さんも、素敵な女性です。『イニング＋』という店名のとおり、2人とこの店には、まだまだ続きがある。その情熱と想いが、伝わってきましたね。

　僕はこのコーナーでいつも言っているけど、人柄のいい人物が一生懸命頑張ろうとすると、自然といろんな人がアドバイスをくれたり、助けてくれたりするもの。米野君もまさにそうでしたね。オープン1年半で、お店的にはまだまだこれからだけど、楽しみだし、僕も応援したくなった。さっそく玄米を買って帰りましたよ。おいしかったなあ。

　これからはワーッと流行りで売る時代から、本物を求める時代になってくると思うから、こういうお店は時代にピッタリ。野球少年のお母さんたち相手に、体にいい食事や弁当作りの教室なんかできたら、面白いかもね。期待しています！

＜完＞

●米野智人（よねの・ともひと）
1982年1月21日生まれ、北海道出身。北照高からドラフト3位で2000年にヤクルト入団。「ポスト古田敦也」候補の捕手として、古田兼任監督1年目の06年シーズンに116試合出場した。10年途中に移籍した西武では捕手だけでなく、外野手、内野手としても活躍。16年に日本ハムに移籍し、捕手兼バッテリーコーチ補佐を務め、16年限りで引退。通算成績は300試合、打率.206、13本塁打、64打点。現在は都内でナチュラルキッチン「イニング＋」（東京都世田谷区代田5-34-21 ハイランド202）を経営している

●パンチ佐藤（ぱんち・さとう）
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成＝前田恵　写真＝山口高明