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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

転売されたサインに価値はあるのか

 

中日松坂大輔は、連日多くのファンにサインを求められている


 プロ野球選手のサインの転売が、問題になっている。実は過去に一度だけ、私は選手にサインをもらったことがある。10年近く前、自分がまさか週刊ベースボールの編集部で働くなんて、想像もしていなかった学生時代の話だ。

 正確に言うと、サインをもらったのは私ではなく、同行していた友人だ。それは春のオープン戦のことで、友人はとある投手のファンだった。試合前、投手陣は外野で練習を行う。彼女はオーダー購入したばかりのユニフォームとサインペンを握りしめて、外野席で練習を熱心に見つめていた。試合開始が近づき、投手がベンチに引き揚げようとしたとき、彼女は私に言った。「代わりに選手を呼んでほしい」。恥ずかしさと申し訳なさで、声が掛けられないという理由からだった。

 私が選手の名前を呼ぶと、選手は私たちを見て近づいてきてくれた。「サインください!」。声を出せないでいる彼女の代わりに私が言うと、ユニフォームとペンを渡すよう促された。彼女は無言のまま、外野フェンスの隙間からユニフォームとペンを差し入れた。選手はそれを見て優しく笑い、サインを書いたユニフォームとペンを投げ入れてくれた。

 その選手は、おそらく私の友人のことを知っていたのだろう。彼女はその選手が二軍にいれば、二軍の球場にも行って応援していたし、神宮やメットライフなどのブルペンが外にある球場ではブルペン前の席のチケットを買って、応援ボードを掲げて声援を送っていたからだ。普段から自分を応援してくれているファンだと知っていたからこそ、試合前にもかかわらずサインに応じてくれたのだと思う。あのとき、他のファンが群がっても、サインをもらえたのは彼女だけだった。

 いま話題になっているサインの転売問題を考えたとき、真っ先にこのときのことが頭に浮かんだ。サインをもらうために言葉を掛ける勇気が出ないほど選手のことを思いやり、サインの入ったユニフォームを抱きしめてうれしさのあまり涙を浮かべた友人の姿を思い出した。あのサイン入りのユニフォームは、彼女が選手を応援した証しであり、選手がそれに応えた証しでもある。

 果たして、ネット上に出品されているサインには、そんな思い出は詰まっているのだろうか。高いお金を出してサインを買っても、選手に直接サインをもらって感激した記憶は手に入らない。誰がどうやって入手したかも分からない、さらに、本当に選手本人が書いたものかも分からないサインに、価値があるのだろうか。

 サイン1枚1枚には、ファンが選手と交わした言葉、唯一無二の思い出がこもっている。だから、サインは転売で買わないでほしい。応援している選手に直接、目の前でもらうべきだ。直筆であることは自らの目で証明する。そして思い出という付加価値を付けることで、そのサインがより輝いて見えると思う。

文=依田真衣子 写真=榎本郁也
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