昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 平松は大洋を断った?
今回は『1967年1月23日号』。定価は60円だ。
1月8日、
巨人・
土井正三が結婚式(初出修正)。特に記事には書いてないが、以前、土井氏に話を聞いたとき、
川上哲治監督が「これからは巨人でわき役に徹してもらいます」とあいさつされ、「結婚式でわき役に、ってねえ」と苦笑していたことがある。
65年入団。まだ24歳だった。
大洋が強行指名した日本石油の
平松政次が会社残留で決まった、という記事があった。
平松は「プロでやっていく自信がない」と強調していたが、大洋側は平松が最大の目標に掲げる夏の都市対抗の後、再交渉したいと話していた。
ドラフトといえば、12月29日に近鉄がスカウト3人にクビを宣告し、スカウトの全面的廃止を発表した。代わりに全国各地に情報提供者を置き、その情報に基づき、ドラフトにリストアップするという。
確かに、ドラフト制度誕生によって、指名後の交渉役を別に設定すれば、必ずしもスカウトは必要ではなくなったともいえる。
芥田武夫球団社長は「古いスカウト気質の打破」も理由に挙げた。
当時のスカウトは金遣いが荒く、私服を肥やす人も多かったが(と書いてあった)、近鉄の年間のスカウト工作費は80万円といわれ、電話代、交通費、宿泊費だけなら、この中ですむが、関係方面への謝礼などは自腹でやっていたこともあったという。
おおむねクビになったスカウトへの同情的な声が多かった。
では、また。
ゴールデンウイークの10連休中は時々アップします。ただ、週刊ベースボールは合併号にせず、5月1日に発売しましたので、よろしくお願いします。
<次回に続く>
写真=BBM