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高校野球リポート

吉田輝星の助言を胸に。金足農の伝統を受け継ぐ病魔を乗り越えた主将/高校野球リポート

 

ストレスが原因で発症


練習において三塁コーチとして声を出す金足農の主将・船木。仮にプレーができなくても、献身的にチームのために動くことに変わりはない


 圧倒的な声で相手をひるませる。どこにもない武器。踏まれても、踏まれても這い上がる「雑草軍団」と言われる、金足農の伝統だ。

 2019年夏、そのシンボルとなっているのが主将・船木弦(3年)である。昨夏は背番号17の控えの外野手としてベンチ入りし、三塁コーチでチームを鼓舞している。

 昨夏の甲子園で、金足農は秋田勢103年ぶりの準優勝。春、夏を通じて東北勢悲願の全国優勝はならなかったが、吉田輝星日本ハム)を中心とした「金農旋風」は全国的な社会現象にまでになった。

 甲子園滞在中は大会だけに向き合っていることもあって、地元や周囲のフィーバーは、なかなか現場に届かないケースが多い。しかし、秋田に戻ると一気に「現実」を味わうことになる。大阪への出発時とは「世界」がまったく変わっていた。普通の高校生がスター扱い。戸惑うのも無理はない。

 説明するまでもなく昨夏、金足農は3年生による「9人野球」を展開。県大会5試合、甲子園6試合を通じて、誰一人としてベンチに下がることはなかった。甲子園登録メンバーは18人。残る9人の2年生は、一度も試合経験を積まずに夏を終えている。

 交代させる10人目の選手が不在、という厳しいチーム事情。それだけ、旧3年生と2年生とのレベルの差は顕著であったという。

 すでに、抜群のリーダーシップで新主将に決まっていた船木は危機感を抱いていた。

「3年生に連れて行ってもらった甲子園。とにかく、サポート役に回った。自分たち(2年生)が銀メダルを取ったのではない。たくさん騒がれて、これを鵜呑みにすると勘違いする。自分は秋田に戻ってから一連の報道とかを避けていました。正直、結果を残してもいないのに取材を受けるのはつらかったです」

 昨秋は県大会準々決勝で敗退。周囲が見る金足農の「次元」は明らかに上がっていたが、経験不足の2年生以下がそのレベルに順応するのは難しかった。そうした重圧を一人で背負っていたのが主将・船木。心労が重なり今年1月、恒例の冬合宿前日に体調不良を訴えて、チーム本体から離れた。

 ストレスが原因で発症する病気であり、両足が動かなくなり、長期の入院生活を余儀なくされた。責任感の強い船木は「そんなはずはない。重圧なんてない」と現実を受け入れることができなかった。だが、医師から「自分ではコントロールできない部位」との説明を受け、病気と正面から向き合った。

「全力で取り組むことが一番」


 3月に外出許可が下りると、真っ先にグラウンドへ向かい、車イスから、ありったけの声を出した。主将不在のチームは今春、地区予選で初戦敗退している。船木がチームに戻ったのは県大会後の5月。精神的支柱の復帰で、夏本番に向け、チームの士気も高まってきた。右足は動くようになったが、松葉杖は手放せない。

 夏までに自身のリハビリに専念すれば、間に合うかもしれない。だが、そのために、全体練習から離れることはできない。自身のことよりチームを選ぶのも、船木としては当然の選択だった。主将なくして、金足農は成り立たない。試合においては昨夏同様、三塁コーチの役割に徹する。甲子園でもお馴染みとなった勝利の「全力校歌」を部員全員で歌うため、身を粉にして動くつもりだ。

「自分たちは謙虚に、全力で高校生らしくプレーすることが一番です」

 日本ハムでプロ初勝利を挙げた吉田は、船木にとって頼りにしている相談相手で、尊敬する先輩だ。最近も連絡を取り「全力で取り組むことが一番大事、と言われました」と再確認。高校野球は、グラウンドでプレーする選手だけが主役でない。船木は金足農伝統の圧倒する声で、2年連続の甲子園を目指す。

文=岡本朋祐 写真=田中慎一郎

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