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プロ野球1980年代の名選手

村田兆治【前編】 “タブー”を犯して復活劇を遂げた右腕/プロ野球1980年代の名選手

 

1980年代。巨人戦テレビ中継が歴代最高を叩き出し、ライバルの阪神はフィーバーに沸き、一方のパ・リーグも西武を中心に新たな時代へと突入しつつあった。時代も昭和から平成へ。激動の時代でもあったが、底抜けに明るい時代でもあった。そんな華やかな10年間に活躍した名選手たちを振り返っていく。

妥協か、限界か



 1982年5月17日、川崎球場。近鉄戦の1回表、ロッテのマウンドに立っていたのは、エースの村田兆治だった。3人目の打者、ハリスへ初球を投じた瞬間。小さいが、鳥肌が立つような気持ち悪い音がしたという。ヒジが飛んだことは、すぐに分かった。しかし降板せず、その回を投げ抜いてベンチへ。激痛でタオルさえも持ち上げられなくなっていた。

「体を酷使するスポーツを長年やっていると、肉体の限界は必ずある。故障は紙一重なんですね。でも、マウンドに立ったら限界ギリギリまでやらないと、ファンの感動を呼ぶ選手にはなれないんですね。この1球、というときに、踏み込めるかどうかなんです」

 苦闘の日々が始まる。当時、ヒジを痛めて完全復活を果たした投手はいなかった。

「もう一度、投げたいという気持ち。とことん治療の方法を探そうと思った。野球をあきらめるのは、それからでいいと思ったんです」

 いくつもの病院を回ったが、じん帯の損傷すら診断できず「異常なし」と言い切る医者さえいたという。異常がないわけがないことは、自分が一番、分かっている。苛立ち、絶望しかけたが、座禅を組み、滝に打たれて心を鍛えた。

「自分が何のために生きているのか分からなくなったこともあった。ケジメをつけなきゃ、と思ったこともある。ただ、それが妥協か限界か。妥協せずに頑張れば、人間、新たなスタートができる。そうじゃなきゃ、いつまで経っても『あのとき、こうしていれば』が消えない」

 翌83年、独自のルートで、ロサンゼルスでメジャーの投手たちを手術しているフランク・ジョーブという医師の存在を知った。渡米したときは、まだ半信半疑だったという。診察を受けると、右ヒジじん帯が切れていること、手術を除いて治療の方法がないことを告げられる。ヒジの手術は日本ではタブー。手術しても100パーセント治るわけではないとも言われたが、

「手術に失敗しても、ほかの日本の選手にとって先例になる。やる価値はある。少しでも可能性があれば、やってみよう」

 8月24日に手術。左腕の手首からヒジに向けて切開し、腱を取り出して、それを移植した。手術は成功。問題はリハビリだった。ずっとゴムまりを握っていた。キャッチボールも最初は10メートル。これが60メートルになったときには、すでに半年が過ぎていた。

「キャッチボールでも基本に正確に、やらなきゃいけないんです。ヒジに負担がかからない投げ方だとか、守りに入るとダメになってしまう。ゼロからやらないと」

 一軍のマウンドに戻ったのは84年8月12日の西武戦(札幌円山)だった。だが、エースが立っていたのは敗戦処理のマウンド。ヒジよりも先に、闘志がよみがえってきた。

“1試合100球”を無視


 ドラフト1位で69年に入団。まだ当時はロッテではなく、東京オリオンズだった。71年に初の2ケタ勝利も、成績は安定せず。2度目の2ケタ勝利となった74年に中日との日本シリーズで熱投、3勝2敗で迎えた第6戦(中日)で延長10回を完投して胴上げ投手となり、自信を深める。

 翌75年には先発、救援でフル回転して初の最優秀防御率。続く76年は自己最多の21勝、自己最高の防御率1.82で2年連続の最優秀防御率に。以降4年連続2ケタ勝利。81年には19勝を挙げて最多勝にも輝く。その矢先の悪夢だったが、約3年のブランクを経て、85年に華麗なる復活を遂げる。

 開幕第2戦となった4月7日の日本ハム戦(川崎)で先発する予定だったが、雨天中止に。その翌週の日曜日、14日の西武戦(川崎)が完全復活のマウンドとなる。ジョーブ医師からは「今度、腱が切れたら、もう野球はできない。絶対100球以上は投げてはいけない」と言われていたが、無視。球数が増えるにつれて不安も出てきたが、それ以上に怖かったのは、ヒジを気にして球が甘くなり、打たれることだった。

 1球1球に、「この野郎」「打ってみやがれ」などと声を発し、投げ込む。最終的には155球の完投勝利。1073日ぶりの先発勝利に、ベンチ裏へ戻ると、大粒の涙があふれた。

写真=BBM
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