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プロ野球20世紀の男たち

杉浦忠「もっとも美しいサブマリンの軌跡と奇跡」/プロ野球20世紀の男たち

 

プロ野球が産声を上げ、当初は“職業野球”と蔑まれながらも、やがて人気スポーツとして不動の地位を獲得した20世紀。躍動した男たちの姿を通して、その軌跡を振り返る。

浮かび上がるストレート、すさまじい横のカーブ


南海・杉浦忠


 立大では長嶋茂雄(のち巨人)、本屋敷錦吾(のち阪急ほか)らと“三羽烏”と言われた。立大OBでもある南海の大沢昌芳(啓二)に誘われ、

「長嶋と南海の宿舎に行くと、鶴岡(一人)さんが、すき焼きを用意して待っていてくれたんです。第一声が『おい、恋人はおるかいな』。なんかいいなと思って、心をつかまれちゃった」

 これで、杉浦忠は南海への入団を決めた。ただ、長嶋は巨人へ入団。鶴岡に「おい、お前はどうなんや」と問い詰められると、

「僕が、そんな男に見えますか」

 とだけ言って笑顔を浮かべた。メガネをかけて穏やかな風貌だったが、鶴岡は「こいつは芯が強い。プロ向きや」と思ったという。

 立大2年の秋に肩を痛め、制球難もあって、サイドスローへの転向を思いついたという。

「(オーバースローだと)頭が動くので、メガネがズレて投げにくかったんです。当時はガラスとセルロイドで重くてね。サイドにしたら、それがなくなり、逆に球も速くなった」

 南海では背番号14が用意されていたが、東京六大学選抜チームでフィリピンへ遠征したときの21番に変えてもらった。なんとなく気に入っていたのと、カウント2ストライク1ボールと追い込んでから勝負するのが投手だと思っていたこともある。そして58年。1年目から開幕投手に指名されて初勝利を挙げると、球宴までに20勝3敗と快進撃、南海も独走態勢を固めたが、疲労もあって急失速すると、11ゲーム差から西鉄の逆転を許した。それでも最終的には27勝12敗で新人王に輝いている。

 日本球界で「もっとも美しい」と言われた投球フォーム。ゆったりとした始動から、打者は見ずに足を上げ、間を作ってから、胸を張り、腰の回転を使って腕を振って、スナップを利かせて投げ込む。腕は低い軌道を通り、リリースしてからは大きく上へフォロー。球の軌道と腕の振りもズレることになり、打者は幻惑された。

 ストレートは独特のスピンがかかり、打者には浮かび上がるように見え、体感では150キロ超。リリースのときには客席で「ピシッ」という音が聞こえたという逸話も残る。横のカーブはすさまじい変化を見せ、右打者がのけぞって避けたらストライクとなり、左打者が外角と思って踏み込んだら死球になったこともあった。

 そして迎えた2年目の59年。やはり球宴までに21勝3敗、そして後半戦も失速せず。

「三振も狙って取れました。カーブでファウルを打たせ、ストレートで三振のパターンですね。特に右打者のインハイにはうぬぼれていた。きちんと決まれば打たれたことはない」

血染めの4連投4連勝で日本一の立役者に


1959年、巨人との日本シリーズで4連投4連勝をマークしてMVPに


 最終的には38勝4敗、防御率1.40で最多勝、最優秀防御率の投手2冠に輝き、リーグ最高の勝率.905リーグ最多の336奪三振もマーク、優勝の立役者となってMVPに。巨人との日本シリーズでも奇跡は続く。第1戦(大阪)の1回表を無失点に抑えたときには、右手の中指に血マメができていた。この試合は8回を投げて勝利投手となり、第2戦(大阪)では5回表からの救援登板で2勝目。このとき、血マメが破れた。

 第3戦(後楽園)は完投勝利。翌日は雨で試合が中止に。まさに恵みの雨だった。そして迎えた第4戦(後楽園)に完封勝利。南海は宿敵の巨人を破って、2リーグ制となって初の日本一に。血マメのことは誰にも言っていなかったが、最後はナインみんなが知っていた。

 翌60年も31勝を挙げたが、その翌61年からは血行障害に苦しめられる。そして、

「最後は右ヒザを痛めた。下半身に力が入らなければアンダースローは投げられませんから」

 70年オフ、通算187勝で現役引退。

「太く短く、いい野球人生だった。最初の何年かは刺激が強すぎるくらいでしたが、後半は、のんびり野球を楽しませてもらいました」

 86年に南海の監督に就任。88年オフに南海はダイエーとなり、“大阪ホークス”最後の、そして“福岡ホークス”最初の、監督となった。

「いってきます……!」

 大阪球場を去る日の挨拶は、いまも南海ファンの心に深く残っている。

写真=BBM
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