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ホークス対ジャイアンツ日本シリーズ激闘史

杉浦忠、4連投4連勝の偉業で南海が初の日本一/ホークス対ジャイアンツ日本S激闘史【1959年】

 

10月19日から始まった日本シリーズに3年連続で出場したソフトバンク。南海、ダイエー時代を含めて頂上決戦に挑むのは19回目となるが、ここでは過去のホークス対ジャイアンツの日本シリーズでの激闘を振り返っていく。

悲願の日本一への道程


1959年、日本シリーズで4連投4連勝し、南海を初の日本一に導いた南海


 4月10日の皇太子(現・上皇さま)ご成婚で日本中が沸き返った1959年。美智子妃殿下は初めて民間から天皇家に嫁がれ、皇室にも新しい風が吹いた。

 このころ、プロ野球も新しい時代が始まっていた。黎明期から活躍した川上哲治千葉茂西沢道夫藤村富美男スタルヒン藤本英雄らが1950年代後半に次々と引退。1957年に藤田元司、1958年は長嶋茂雄近藤和彦杉浦忠森徹。そして、この年には王貞治張本勲村山実ら次世代のスターたちが数多く入団していた。

 南海も1956年に大学の穴吹義雄大沢昌芳長谷川繁雄、社会人から寺田陽介と即戦力の野手が入団。また、この年から頭角を現したのはテスト生として入団した捕手の野村克也だった。1957年は東京六大学の投手、木村保が入団し、21勝でいきなり新人王を獲得。このころ、鶴岡一人監督は立大のエース・杉浦と四番の長嶋の獲得を狙っていた。2つ先輩である大沢をパイプ役とし、話は着々と進んでいったが、長嶋が突如巨人入りを表明。杉浦獲得だけに終わった。しかし、鶴岡監督は杉浦を投手の柱とし、悲願の日本一への道程を歩むことになる。

 1955年に4度目のリーグ優勝を達成するが、その後は、南海との「因縁」もある三原脩監督率いる西鉄ライオンズが1956年からリーグ3連覇を達成した。野武士軍団とも言われ、スケールの大きさは巨人以上で、日本シリーズでも巨人を下し、3年連続日本一を達成していた。

 日本一になるためには、まずは西鉄の牙城を崩さなければならなかった。

 1959年は開幕から突っ走った。オールスター直前で貯金は29。優勝争いに絡んできていたのは大毎オリオンズ。西鉄は4位で9.5ゲーム差をつけていたが、油断は禁物だった。56年は7ゲーム、前年は11ゲーム差をつけていたが、後半の猛追でV逸した苦い経験がある。しかし、この年は違った。ルーキーで27勝を挙げた杉浦が先発にリリーフに大車輪の活躍を見せた。7月12日から8月19日まで12連勝。8月22日に夕張での大毎戦に敗れたが、8月26日から閉幕まで13連勝。38勝4敗の驚異的な活躍を見せた。

 結局、西鉄の追い込みは不発に終わり、2位・大毎に6ゲーム差をつけて4年ぶりのリーグ優勝を果たした。

マメをつぶしながらの力投


初の日本一に輝いた南海ナイン


 日本シリーズの相手はリーグ5連覇を達成した巨人。南海は絶対的エース・杉浦忠、「400フィート打線」と呼ばれた強力な打撃陣を擁し、4年前とは違うイメージのチームとなっていた。また杉浦と長嶋の対決も話題となり盛り上がるシリーズとなった。

 10月24日、大阪でスタートした第1戦。南海は予想通りエースの杉浦がマウンドに立ったが、巨人はエースの藤田ではなく、左腕の義原武敏。初回、南海は「400フィート打線」がいきなり爆発した。相手エラー、広瀬叔功の二塁打、相手野選で先制すると、大沢、野村の連続タイムリー。義原は早くもKOされ、別所毅彦がマウンドに上がる。攻撃の手を緩めない南海は岡本伊三美が犠飛、寺田にもタイムリーが出て大量5点を先取。3、5回には岡本の連続アーチも飛び出し、7回には5安打で3点。杉浦は8回3失点で降板。9回に祓川正敏皆川睦男が打ち込まれ3点差まで詰め寄られたが10対7で勝利。

 第2戦は南海が田沢芳夫、巨人はエースの藤田。巨人は初回、長嶋の2ランで先制し、2回にも無死一、二塁のチャンスをつかむ。ここで南海ベンチは田沢から三浦清弘にスイッチ。一死一、三塁からスクイズを外すなど追加点を阻止。南海は4回、森下整鎮の二塁打を足掛かりに長谷川の2点タイムリーで同点。野村の三ゴロで勝ち越すと寺田のタイムリーも飛び出した。すると5回から満を持して杉浦をマウンドに。6回にも2点を追加し、杉浦は6回を1点に抑え地元で連勝した。

 後楽園での第3戦、南海の先発はまた杉浦、これで3連投となる。巨人も第2戦に続いて藤田が先発。巨人が初回、長嶋の遊撃内野安打で先制するが、南海は2回に野村の2ランで逆転。その後、膠着状態が続いたが、9回、巨人は先頭の坂崎一彦が起死回生の同点弾をライトスタンドに打ち込んだ。その後、一死二、三塁とサヨナラのチャンスをつかみ打者は代打の森昌彦。ここでセンター・大沢がショート後方に守備位置を変えると、そこに打球が飛んだ。三走・広岡はタッチアップし本塁へ走るがスライディングせずにタッチアウト。このシリーズの分岐点となったと言われたプレーだった。南海は延長10回に寺田の二塁打で勝ち越し、杉浦は142球の熱投で完投勝ち。

日本一に輝いた南海の祝勝会


 第4戦は雨で1日延びたことにより、両チームともに第3戦と同じ先発。南海は3回に杉山の二塁打で先制すると、7回には相手エラーと犠飛で2点を追加。先発・杉浦は指のマメをつぶしながら力投。108球を投げ5安打完封。4連投4連勝の偉業を成し遂げ、悲願の日本一を果たした。

 このシリーズ、ルーキーとして出場したのが巨人の王貞治。60年後の今年はホークスの会長として、巨人を倒しての日本一を祈願している。

写真=BBM
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