一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 西鉄ライオンズの近況
今回は『1970年9月14日号』。定価は80円。
8月26日、
広島の
外木場義郎から死球を側頭部に受けた
阪神・
田淵幸一の近況。
耳から血がふき出る重症だった。
甲子園球場から近く病院に運ばれ、そのまま入院。夜には激しい痛みを訴えたというが、27日朝には落ちついた。31日から話も少しずつできるようになった。
9月2日、話を積極的にしはじめ、体も軽く動かせるようになった。
3日、検査で脳に血腫の疑いが強まる。全治は3カ月の見込みとも。
広島の外木場がわざと当てたのではという声もあり、その流れで「広島には当てろ」のサインがあるとも言われた。
対して広島・
根本陸夫監督は「そんなサインあるわけないだろ」と言い、さらに、
「田淵が耳から血がふき出したんで、みんなびっくりしたらしいが、俺は見ていて大丈夫と思った。俺はもっとひどい例を見ているからな」
とも。「どこで見たんですか」と聞き返したくなる。
黒い霧事件による主力の大量離脱で、前半戦大不振だった西鉄が急上昇。とはいえ、いまのところは勝率2割台が3割台になっただけだが、
稲尾和久監督の情熱的な指導が少しずつ実を結びつつある。
一番のスパルタ(英才)教育は、エース候補の
東尾修に対して。滅多打ちされ、さらし状態になっても交代させなかったり、逆にあと1打者をアウトにすれば完封のシーンで交代させたりしたこともあった。
若手の躍動でお客さんも少しずつ戻りつつあった。これで球団の身売りへの動きもなくなるのでは、と書かれてはいたが……。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM