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斎藤佑樹、田中正義、安楽智大……崖っぷちに追い込まれた「ドラ1右腕」たち

 

 アマチュア時代には名を轟かせていた「ドラ1右腕」もプロの世界で伸び悩むケースは珍しくない。西武を昨季限りで現役引退した最速155キロ右腕・大石達也(現・球団本部ファーム・育成グループスタッフ)も早大で「メジャーに通用する逸材」と評価されて、2010年のドラフト時には5球団が競合して西武に入団したが、プロでは右肩痛に苦しんで思うような結果が出せなかった。今季が正念場の「ドラ1右腕」たちは意地を見せられるだろうか。


・斎藤佑樹(日本ハム)
 早実の3年夏に全国制覇。この大会で投球回69、投球数948はいずれも一大会の史上最多記録で、決勝戦で駒大苫小牧高のエース・田中将大(現ヤンキース)に投げ勝った試合は高校野球の歴史に残る名勝負として現在も語り継がれている。端正な顔立ちに加え、ハンカチで汗を拭く姿が話題になって人気は社会現象に。早大に進学後も東京六大学野球史上6人目となる通算30勝300奪三振を達成するなど野球の枠を超えたスターとなった。だが、10年のドラフトで4球団競合の末に日本ハム入団後は試練の日々が続いている。1年目の6勝が自己最多で15年以降の5年間でわずか2勝のみ。18、19年は未勝利に終わった。プロ10年目の今季はアマチュア時代の輝きを取り戻せるか。


・安樂智大(楽天)
「怪物」として全国に強烈なインパクトを与えたのが済美高の2年春だった。センバツで甲子園最速の152キロを計測。全5試合に先発登板して初戦で232球を投げて延長13回完投するなど投球数は計772球に上り、「将来を考えると投げ過ぎだ」と大きな反響を呼んだ。2年夏も全国大会初戦で甲子園最速の155キロを計測。大会後は18歳以下の世界野球選手権の日本代表に選ばれ、予選1次ラウンドのベネズエラ戦で2安打16奪三振無四球完封勝利、2次ラウンドのキューバ戦で8回10奪三振無失点の快投を見せた。14年のドラフトで2球団競合し、楽天に入団。将来のエースと嘱望されたがケガで満足な数字を残せず、プロ5年間で計5勝のみ。昨年10月に右ヒジを手術し、今年は完全復活を目指す。


・田中正義(ソフトバンク)
 創価大で頭角を現し、3年時に6月末のユニバーシアード代表でNPB選抜から7打者連続三振と衝撃の投球で全国区になった。最速156キロの直球にメジャーの球団も獲得に興味を示したが、NPBに進路を決めた。16年のドラフトでは5球団が競合したが、本人が熱望していたソフトバンク入り。即戦力として期待されたが、たび重なる右肩痛でプロ3年間未勝利と苦しんでいる。今年は春季キャンプでA組(一軍)だったが、右ヒジの張りを訴えて途中離脱。万全のコンディションであの剛速球をもう一度見たい。


・矢崎拓也(広島)
 慶應義塾高で1年秋に投手に転向し、3年夏は神奈川県大会ベスト8。素質開花は慶大進学後だった。1年秋に150キロを計測し、2年春に4勝を挙げてリーグ優勝に貢献。六大学リーグで最優秀防御率を2度獲得、通算24勝をマークした。気迫を前面に出した投球スタイルで「プロ向き」と評価が高く、17年ドラフト1位で広島に入団した。1年目にプロ初登板したヤクルト戦(マツダ広島)で9回一死までノーヒットノーランの鮮烈デビューを飾った。しかし、その後は目立った活躍がなく、プロ3年間で1勝のみ。18年シーズン終了後に夫人の籍に入ったことなどを理由に、登録名を加藤から矢崎に変更することを発表した。今季は先発、救援で働き場所を見つけたい。

鈴木翔太中日
 聖隷クリストファー高で甲子園出場はならなかったが、日米のスカウトが視察に訪れるなど、本格派右腕として注目されていた。同校出身初のプロ野球選手として13年のドラフトで松井裕樹(現楽天)の外れ1位で指名された際は、感極まって大粒の涙を流した。身長183センチからしなやかなフォームでチームメートにも一目置かれていた「未完の大器」に球団の期待は高く、エースナンバーの背番号「18」を背負った。プロ4年目の17年に5勝をマークして飛躍が期待されたが、18年は右手の血行障害で2試合の登板のみ。同年オフに松坂大輔(現西武)と入れ替わる形で背番号が99に変更になり、19年は一軍登板なし。背水の陣の今年は春季キャンプで300球を投げ込むなど、不退転の覚悟で臨んでいる。

写真=BBM
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