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プロ野球回顧録

巨人が誇る鉄腕のデビュー戦は「緊張MAX」

 

2007年4月29日、敵地・神宮球場でのヤクルト戦で一軍デビューを果たした巨人山口鉄也


 資料を整理していると、13年前の懐かしい写真が出てきた。

 アディダスが巨人のユニフォームサプライヤーになって2シーズン目、2007年の写真で、上が黒ベース、下がグレーベースに3本線と、現在(上下グレーベース)とはだいぶ印象が異なるビジターユニフォーム姿の山口鉄也だ。02〜04年のセカンドモデル(ホーム&ビジター)にも白と黒と濃紺を基調にしたものがあったが、こちらはキャンプやオープン戦などのみの着用で、公式戦ではアディダスの黒が初。記憶に残っているファンの方も多いのではないか。

 写真が撮られた07年は第2次原辰徳監督時代の2年目に当たり、巨人は5年ぶりにリーグを制覇(ただし、この年から導入されたクライマックス・シリーズの第2ステージで中日に敗れて日本シリーズに進出できず)。その後、08、09年とリーグを3連覇し、09年には02年(第1次原監督時代)以来の日本一に輝いている。12〜14年にもリーグ3連覇に日本一1度があるが、そんな第2次原監督時代を長く支えた選手の1人が、写真に写る山口だろう。

 実はこの写真、山口のデビュー戦(07年4月29日、神宮球場でのヤクルト戦)のもので、当時の背番号は「99」(翌08年から「47」)。06年に巨人の育成選手第1号で入団していた山口は、この試合の6日前に支配下登録(巨人の育成から支配下第1号は松本哲也)を勝ち取ったばかり。8回裏に3番手で救援登板し、1回無失点と上々のデビューを飾っている。

 その後の山口の活躍は周知のとおり。デビュー年で32試合に投げて居場所をつかむと、08年はすべてリリーフで67試合に登板して11勝23ホールドで新人王に。09年には35ホールドで最優秀中継ぎのタイトルを獲得するなど、スターダムを駆け上がっていった。

 08年から16年まで9年連続60試合以上に登板した鉄腕は、実働11シーズンでNPB史上初の200ホールド、250ホールドを記録するなど(通算273ホールドは現時点で歴代2位)、球界を代表するリリーバーとなり、原監督も「チームで唯一、代わりがいないという意味では山口はそういう位置付けの選手になる」と絶大な信頼を寄せていた。

 山口は18年限りで現役を引退。19年はアカデミーコーチを務めていたが、今季より三軍投手コーチとなり、育成時代と同じ背番号「102」を背負って後進の指導にあたっている。ちなみに、緊張しやすい性格の山口は「最後の登板まで、緊張しない試合はなかった」と引退後に語っているが、もちろん、写真のデビュー戦も緊張はMAXだったそう。マイナー・リーグでもプレーし、入団テストを経て育成から成功を勝ち取った経験を、育成契約の選手や若手が主体の三軍の選手たちに伝えていく。

文=坂本 匠 写真=BBM
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