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プロ野球20世紀・不屈の物語

“投手・王貞治”の挫折と2つの転機/プロ野球20世紀・不屈の物語【1954〜59年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

最初の転機は偶然に


59年、早実から巨人に入団した王


 独特の“一本足打法”で通算868本塁打を残した巨人の王貞治。20世紀を知らない若いファンでも、黄金時代のダイエー、そしてソフトバンクの監督としてホークスを率いる姿、あるいは第1回WBCで監督として日本を世界一に導いた姿をリアルタイムで見た人はいることだろう。V9時代を知る古くからのファンにとっては、いっさいの説明も不要なほどの大打者だ。この連載でも、選手としての王については、広島の“王シフト”を紹介した際に触れた。

 現役ラストイヤーも30本塁打を放つなど、衰えた姿をファンに見せることなくバットを置いた王。そのキャリアは、すさまじいペースで本塁打を量産した“怪物時代”と、通算756本塁打で世界の頂点に立った前後の“偉人時代”に分けられる。後者についてはオーバーな表現に感じるかもしれない。だが、現在のことは分からないが、当時の小学校には、図書室に偉人の伝記が並ぶコーナーがあり、聖徳太子やリンカーンなど歴史上の人物たちと一緒に、王の伝記も置かれていた。もともと興味がなかったが、読書感想文の課題か何かで王の伝記に触れ、プロ野球に興味を持つようになった、というファンもいるかもしれない。

 その存在が別格だったことが、若いファンにもイメージいただけただろうか。今回は、その“怪物時代”以前について掘り下げてみたい。ダイエーの監督となってからについて紹介した際にも少しだけ触れたが、『不屈の物語』が似合わないような大打者にも、雌伏の時代はあったのだ。

 もしかすると、野球が好きで、ほかの人よりも野球が得意な、東京スカイツリー近くにある町中華の店主となっていた可能性すらあったのかもしれない。転機は1954年11月23日のことだという。日常の1コマだが、その日付まで資料に残っているのは王ならではだろう。少年野球で左腕投手としてプレーした王と、そこに偶然、通りかかったプロ野球選手の荒川博(毎日。現在のロッテ)との出会いの場面だ。荒川は「打席では右に入って、2打席で凡退。試合中だったけど近寄って『坊や、左で打ってごらん』と言ったんだ」と振り返る。すると、鮮やかな二塁打。その少年の体格を見て高校生だと思った荒川は母校の早実へ転入するよう誘ってみたが、かなわなかった。少年は、まだ中学2年だったのだ。

 その後、荒川の勧めに従って早実へ入学。投手として1年の夏から3年の春まで4度、甲子園に出場。2年センバツでは優勝投手となり、夏にはノーヒットノーランを達成した。そして阪神との争奪戦を経て59年に巨人へ。だが、早々に挫折する。

2週間で迎えた2度目の転機


1年目のキャンプで投球練習をする王


「投打の両方で練習していたんですが、2週間くらいして水原(円裕)監督に呼ばれて『明日からピッチャーはしなくていい』と。悲しい思いはありました」

 と、王は振り返っている。ただ、さほど球速があったわけではない一方、高校時代から打撃に定評があったのも事実。投手を続け、貴重な左腕として活躍した可能性もあるが、打者として残したものが大きすぎることもあり、それを上回る結果を投手として残した可能性は低いだろう。ここにも大きな転機があった。

 迎えたプロ1年目。オープン戦では右翼を守ったが、ペナントレースでは川上哲治の引退で空いていた一塁へ回った。だが、国鉄との開幕戦(後楽園)で「七番・一塁」として先発したが、金田正一の前に2打数2三振と完敗して、以降26打席ノーヒット。27打席目の初安打を本塁打で決め、6月の天覧試合でも本塁打を放つなどインパクトは残したものの、最終的には94試合の出場で7本塁打、25打点、打率.161、それでいて72三振という結果に終わった。

 我慢して使い続けた水原監督は「大人はヤジっていたが、少年ファンの人気が絶大で、いくら三振しても大声援だった」と振り返る。そして、こう続けた。「王は、いつもベンチで僕のそばに座った。ふつうは三振ばかりしていたら座りたがらないのにね」。

 このとき19歳。可能性はあったが、言い換えれば、可能性しかなかったのかもしれない。この若者に大きな飛躍を遂げさせる次の転機は、まだ訪れていない。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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