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「四番打者とエース」の戦い/週刊ベースボール7月20日号

 

江川卓の掛布雅之への敬遠球の意味


7月20日号表紙



 本日、7月8日発売の週べは「四番打者特集」だ。
 20歳の四番打者、ヤクルト村上宗隆、パの首位を走る楽天の新四番・浅村栄斗のインタビューをはじめ、巨人岡本和真を四番に抜てきした高橋由伸前監督ほか、中畑清氏(元巨人)、宇野勝氏(元中日)ら語る「四番論」が入る。自画自賛になるが、なかなか豪華版だ。

 かつて故・野村克也氏(元南海ほか)が「エースと四番は育てられない」と話したことがあるが、「エースと四番」について語り始めると、往々にして野球ファンは理屈っぽくなる。

 技術面からすれば、エースと四番の条件の一つでもある「遠くに飛ばす能力と速い球を投げる能力は天性」というのは球界の半ば定説になっている。
 飛距離については、ウエート・トレ、サプリ、アッパースイングの普及によって常識が覆されつつあるが、それでも、打球に角度がつけられるかどうかについては、天性のセンスの有無を感じる。

 ただ、ホームランバッターかアベレージヒッターかが四番の絶対の基準ではない。
 やはり理屈っぽくなってしまうが、そのバットで、チームの勝利と敗北を背負えるかどうか。実際にどうかではなく、打席に立ったとき、そういう雰囲気を感じるかどうか、ではないか。

 いくら規格外の四番打者でも打率4割にはいかない。要は10回に7回近くは失敗するということだ。
 それだけの失敗をしながら、相手に威圧感を与え、味方には頼もしさを感じさせることができるかどうか。
 難しいが、そこに“真の四番”かどうかの基準がある。

 もう一つ、相手投手を“育てる”のも四番の力だと思う。
 巨人の1960、70年代には長嶋茂雄王貞治という2人の四番打者がいた(長嶋は58年からだが)。
 彼らは、その圧倒的な力で、相手の投手を打ち崩し、結果的には成長させた。
 阪神村山実江夏豊、大洋の平松政次、中日の星野仙一、ヤクルトの松岡弘らがONとの戦いに闘志を燃やし、自身を磨いた男たちだ。
 松岡は言う。
「王さんの言葉で印象に残っているのは、速球で空振りさせられることが一番悔しい。変化球で空振りさせられるのは何ほどでもない、というものだった。こういう人と戦えたのは幸せだった」

 1980年代になるが、「四番とエース」といえば、この2人も忘れられない。
 阪神の掛布雅之と巨人の江川卓だ。
 この2人の関係性がよく分かる“事件”が1982年にあった。

 9月4日、甲子園での阪神─巨人戦だった。巨人の先発は江川。3対3で迎えた8回裏、阪神の攻撃だった。
 二死二塁で打席には四番・掛布が入った。江川と掛布は、入団年こそ違うが、年齢は同じ。ライバルチームのエースと四番として、それまでも幾度となく、し烈な戦いを繰り広げてきた。
 もちろん、甲子園のファンも分かっている。大いに盛り上がった。
 しかし巨人ベンチのサインは敬遠──。

 無表情だった江川だが、投げた球は雄弁だった。
「目の前を浮き上がるようなえげつない球を投げるんですもん。『なんちゅう敬遠のボールを投げるんだ』と思いました」
 掛布はそう振り返った。

 江川のセタイ無四球試合記録もかかっており、ずいぶん物議を醸し、翌日の新聞、解説者・金田正一は「勝負の敬遠、攻めの敬遠」と書いた。

 のちの取材で江川はこう語っている。
「フォアボールという選択肢は僕の中にはないんですね。先発として、四番として選ばれて、恥ずかしいことはできない、っていうのがあるんですよ。変な話ね、自分がベストボールを投げたのを打たれたのだとしたら、それはいいじゃないですか」

 この2人の決め事もあった。江川の初球は必ずカーブ、そして掛布はそれを絶対に見送った。
「お客さんのために、僕らの勝負を簡単に終わらせてはいけない」
 暗黙の了解からだった。
 勝負球も決まっていた。
 インハイ真っすぐ。
 掛布は、それに必ず全身全霊のフルイングで応戦する。数ミリ単位のズレで、当たればホームラン、当たらなければ凡打、または無様な空振りだ。しかも江川は、空振りの場合、バットの上を自分のボールが通過しているかどうかにこだわった。
 全力の真っすぐとフルスイング。どちらの今持っている力が上なのか。その1球にすべてを込めた。

 勝負を度外視したわけではない。2人には、自分の手で勝負を決めるという自信と覚悟があった。だからこそ、ベンチも黙認した。

 エースと四番、いや、この2人だからこそ許される贅沢で、わがままな勝負。それが僕らの心を震わせた。
(文・井口英規)

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