戦前の低い下馬評を覆し、首位争いの快進撃を繰り広げているのがヤクルトだ。開幕21試合を終えて12勝8敗1分け。昨季は最下位に低迷し、今年もプロ野球OBの順位予想では最下位が大半だっただけに、会心のスタートを切ったと言えるだろう。
バレンティンが昨オフに
ソフトバンクに移籍したのは大きな痛手だったが、
山田哲人、
青木宣親、
村上宗隆、
西浦直亨、成長著しい
山崎晃大朗と切れ目のない打線を形成している。そして、不動の一番として打線を牽引するのが坂口智隆だ。昨季は開幕3戦目の
阪神戦に死球を受けて左手親指骨折で戦線離脱。復帰後も調子が上がらず、22試合の出場で打率.125と不本意な成績に終わった。坂口の不振はチームにも大きな影響を及ぼした。一番打者に13選手を起用したが固定できず。チーム総得点は656とリーグ2位だったが、坂口が本来の状態でスタメンに名を連ねていれば、さらに得点力は上がったのではないかという思いはぬぐえなかった。
若手の台頭のあり、今年のレギュラーが確約されていたわけではなかった。だが、この男は逆境に強い。
オリックスで主軸として長年活躍したが2015年限りで退団。ヤクルトが獲得に乗り出すと、「拾ってもらった思いは忘れない。恩返しすることしか考えていない」と移籍1年目の16年に141試合出場で打率.295をマーク。18年に青木宣親がメジャーから復帰した際は、中学生の時以来の一塁に挑戦した。外野でゴールデン・グラブ賞を4度獲得した名手だが、「ノリさん(青木)がチームに戻ってきたことは大きなプラスアルファ。一塁を守れれば自分の可能性も広がる」とスタメン落ちの危機を新境地への挑戦と前向きにとらえた。この年、一塁でレギュラーを確保して打率.317をマーク。オリックス時代の10年以来8年ぶりに3割を超えた。
坂口の愛読書に人気漫画『スラムダンク』がある。「何十回、何百回……数え切れないほど読んだ」と大きな影響を受けた作品で、一番好きなキャラクターが宮城リョータだ。小柄だがスピードとテクニックで敵陣を切り裂く湘北高の司令塔は、負けん気の強さでマッチアップする強敵に対峙してきた。その姿は、ワイルドな風貌で一見近寄りがたいが、野球に対して誰よりも真摯に向き合う坂口と重なる。36歳のベテランの輝きは色あせない。ヤクルトの切り込み隊長として、今日もダイヤモンドを疾走する。
文=インプレッション・平尾類 写真=BBM