週刊ベースボールONLINE

プロ野球20世紀・不屈の物語

成功がないベイスターズ、失敗がない“大魔神”。双曲線が交わった瞬間/プロ野球20世紀・不屈の物語【1998年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

1勝1敗、防御率0.64の裏側



 これまで2日連続で1998年の優勝、日本一に貢献した横浜の投手陣を紹介してきた。こうなると、この連載が勝ちゲームかどうかは定かではないが(?)、やはり締めくくりとして“大魔神”佐々木主浩に登場してもらいたくなる。98年の佐々木は51試合の登板で1勝1敗45セーブ、防御率0.64。45セーブはプロ野球新記録で、これには22試合連続セーブという同じくプロ野球新記録も含まれる。

 一方、防御率は抜群の安定感を雄弁に物語る数字だが、どう安定していたかというのは数字だけでは分かりにくいので、計算式の元となる数字を挙げてみると、56イニングに投げて、自責点4。勝ちゲームの1イニング限定、イニングまたぎでも8回二死のクリーンアップという場面に登板が限られていたことに加え、権藤博監督の「投手の肩は消耗品」という考えもあって勝ちゲームすべてに投げたわけではなく、さすがに規定投球回には届いていないが、それでも自責点4というのは驚異的な数字といえるだろう。

 ただ、これは絶対的な存在であったと同時に、絶対ではなかったことも意味する。ちなみに被本塁打は、わずか1本塁打。既出の数字だが、1敗も喫している。前年、97年の佐々木は3勝0敗38セーブ、防御率0.90。6本塁打を許してはいたが、シーズンで1度も土がつかなかったのだ。

 ドラフト1位で90年に当時の大洋へ。2年目には故障の遠藤一彦の穴を埋める形でクローザーとなって、リーグ最多の58試合に登板、規定投球回にも近づいている。6年目の95年が初のセーブ王。当時はセーブと救援勝利を合計したセーブポイントが表彰の対象で、佐々木は98年まで4年連続で最優秀救援投手のタイトルを獲得している。その98年は6月30日の広島戦(横浜)で自らの21試合連続を更新する22試合連続セーブのプロ野球新記録を樹立。その時点で自責点はゼロ、つまり防御率0.00を維持していた。

 その存在感は優勝とは無縁だった、つまり成功の経験が少ないナインに希望と安心感を与え、それぞれの役割とチームの目標を明確にしていったことは確かだ。最後には“大魔神”がいる、それまで1点でもリードしていれば勝てる。そんなナインの血と汗と涙が宿ったようなバトンは、とてつもなく重かったに違いない。

神話の崩壊


 失敗しない人生ほど恐ろしいものはないことを、多くの読者は知っているだろう。失敗を認めない人は星の数ほどいるが、失敗しない人など誰ひとりとしていないのだ。失敗の経験がない、あるいは少ないと、肝心なときに大きな失敗をするリスクが高まり、その失敗のために受けるダメージも大きくなる。成功の持続は、独特の緊張感を招く。98年の佐々木は、この緊張感を楽しむ一方、そんな恐怖を誰よりも知っているように見えた。

 7月7日の阪神戦(大阪ドーム)で675日ぶりの黒星。「俺が主浩の一番のファン」と言っていた父の忠雄さんの命日でもあった。翌日には心労でヘルペスを発症した佐々木だったが、時間とともに「早く点を取られて楽になれという父からのメッセージ」と考えられるようになる。同時に、この黒星で、権藤監督から“大人扱い”されていたナインが、また1歩、“大人”になったようにも見えた。わずか1点だけのリードだけで、1人の投手に後を託せば最後まで勝ち続けられるという、まさに“神話”が崩壊したことは、98年の横浜にとってはエポックだったはずだ。

日本一を決め、捕手の谷繁元信(右)と抱き合って喜びを表した


 佐々木は優勝を決めた10月8日の阪神戦(甲子園)でも、最後のマウンドにいた。多くのファンが「いつもの佐々木と違う」と感じたのではないか。日本一を決めた西武との日本シリーズ第6戦(横浜)では1失点。失敗が少なく、その恐怖を知る男が、最大の恐怖と戦っていたのかもしれない。だが、成功の経験が少ない、あるいは皆無の横浜ファンは、この横浜駅の東口に“建立”された神社の“ご神体”にもなった男が不意に見せた人間らしさに、強く共鳴したことだろう。チームが横浜へ移転して、そしてベイスターズとなって初の優勝、そして日本一。胴上げ投手は、もちろん佐々木だった。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング