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2020甲子園交流試合

「濃密な7分間を過ごした」磐城ナインを鼓舞した木村前監督の試合前ノック/2020甲子園交流試合リポートVol.12

 

新型コロナウイルス感染拡大のため中止となった今年3月のセンバツ出場32校の「救済措置」として甲子園で開催される「2020年甲子園高校野球交流試合」。今夏は地方大会と全国(甲子園)も中止となった。特別な思いを胸に秘めて、あこがれの舞台に立つ球児や関係者たちの姿を追う。

最高のコンディションで試合へ


今年3月まで母校・磐城高を率いた木村保前監督は国士舘高(東京)との甲子園交流試合前にノックを行った。特別な7分間だった


 これだけノッカーが注目されることもない。

 甲子園交流試合の第4日目。第2試合を前に磐城高(福島)の木村保前監督がノックを行った。規定時間は7分間。左打ちで1球1球、魂を込めて、かつての生徒たちに大舞台でノックバットを振った。とにかくテンポが良い。部員から白球を受け取ると、リズミカルに打球を打つ。これで、選手たちも最高のコンディションで試合に入ることができる。

 木村前監督は同校OB。東京電機大卒業後はいわき光洋高、安達東高、いわき総合高、須賀川高で部長・監督を歴任し、2014年に母校・磐城高に赴任。15年4月から監督として熱血指導を続けてきた(数学科教諭)。

 昨秋は福島県大会3位で東北大会へ出場し、同大会では2勝を挙げ8強進出へ導いた。21世紀枠で46年ぶり3回目のセンバツ出場。ところが3月11日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けセンバツが中止となった。

 しかも、木村監督は4月に福島商高へ異動。公立高校教員の宿命とはいえ、断腸の思いで母校を離れた。指導現場からは離れ、福島県高野連の副理事長として、大会を運営する立場となった。6月10日にセンバツ出場校を招待する2020年甲子園高校野球交流試合の開催が決定。同17日の第1回実行委員会において「令和2年度大会参加者資格規定」により、「ノッカー」としての登録であれば大会参加が可能となる方向となった。

 磐城高は交流試合の開催決定後に木村前監督に打診。福島商高らとの調整を経てノッカーが実現したという。こうした流れになったのも、木村監督の人柄にほかならない。国士舘高との試合は3対4で惜敗したが、内・外野とも好プレーの連続。選手たちは、木村監督が言い続けてきた部訓でもある「Play Hard」を実践し、すべてを出し切った。

「Play Hard」を体現


 試合後取材。主催者側の配慮で、木村前監督は、本来は指名選手の場所で取材に応じた。

「粘り強く、我慢強く、選手たちは最後までよく頑張った」とゲームを振り返った。そして、自身のノックについてはこう語っている。

「人生の中で特別な、濃密な7分間を過ごしたのは初めて。時が止まっているような感じで、子どもたちの動きを一つひとつ見て、最善の準備ができるようにやらせていただきました。(甲子園特有の)浜風があるので、もう少し、外野を打ちたかったですが、その中で最善の準備をさせていただいた。まさか、こんな形で……。大会関係者、学校関係者には感謝の気持ちでいっぱいです」

 センバツ出場、センバツ中止、異動、夏の地方大会中止、交流試合開催決定、独自大会……。センバツ選考委員会があった1月24日以降の激動の日々を問われると「昨夏は県大会で初戦敗退した。(それからは)いろいろなことがあり過ぎて……」と涙した。大変な状況下でも、学んだことがある。

「(困難を)また一つ乗り越えた先には、明るい光が見えてくるんだ、と。異動の前、最後のノックをした日に、私の座右の銘である『忍耐』という言葉の話をしましたが、子どもたちは耐え忍んでくれた。『Play Hard』を体現してくれて、感慨深い。野球の神様っているんだなと、この歳(8月8日で50歳)になって感じました。私は幸せです」

 木村前監督の右手の親指と中指には、テーピングが巻かれていた。ノックは指導者と選手による「会話」である。その教えを改めて認識する機会となる、特別な7分間だった。

文=岡本朋祐 写真=高原由佳
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