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プロ野球20世紀・不屈の物語

守備の“名物”をもってしても王貞治の“聖域”を破れなかった大洋の主砲/プロ野球20世紀・不屈の物語【1972〜80年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

72年に始まったダイヤモンド・グラブ


オレンジ色の大洋ユニフォームを着る松原。強打の一塁手だった


 二塁手として守備率.997のプロ野球新記録を打ち立てながらも、ゴールデン・グラブに選ばれなかった大洋の高木豊については、だいぶ前に紹介している。そもそもゴールデン・グラブは、1972年にダイヤモンド・グラブとして創設されたもので、86年に名称が改められたもの。ベストナインと同様に記者の投票によって選出されるものだが、審査の対象が守備によるチームへの貢献度という点が大きく異なる。大雑把な言い方をすれば、守備のベストナイン。最も守備がうまい選手が選ばれる賞と考えていいだろう。チームが優勝して、どんなにバットで貢献しても、守備がうまくなければ選ばれないのだ。

 ただ、難しいのが貢献度という点。どんなに堅守を誇っても、それがチームの勝利、あるいは優勝に結びつかなければ、貢献度は低い、という考え方もできる。この賞がスタートした72年は巨人がV9の真っただ中、V8を決めたシーズンだ。セ・リーグは投手が堀内恒夫、一塁が王貞治、三塁が長嶋茂雄、外野は柴田勲高田繁と、V9戦士が5人も選ばれている。このときから、翌74年いっぱいで現役を引退する長嶋茂雄よりも、メジャー時代から名三塁手として知られていた大洋のボイヤーを評価する声があった。

 実際、二塁で選出されたシピンとの併殺プレーは絶品。長嶋の守備が劣っているということでもないが、ボイヤーの守備は別格という印象もあった。しかし、巨人はV8で、大洋は優勝から遠ざかっていた上に5位。第1回ということで記者も手探りだった部分もあって、長嶋が選ばれたのは、微妙な表現にはなるが、多少の違和感こそあれ、不思議ではなかった。見方を変えれば、優勝とは無縁の大洋は、賞の名称が変わり、高木の時代になっても分が悪かったのだ。

 ちなみに、当初は翌年の本拠地での開幕戦で表彰式が行われ、選出された選手はユニフォーム姿で、ファンの喝采を浴びた。現在はオフに選手はスーツ姿で表彰されるが、シーズン限りで引退する選手が受賞すると多少の不都合が出てしまうとはいえ、ユニフォーム姿の表彰式が失われたのは、すこし寂しい気がする。

 ボイヤーは翌74年、ラストイヤーの長嶋と同じ得票数で初のダイヤモンド・グラブに輝いたが、この当時から大洋の内野陣は堅守を誇っていた。ボイヤー、シピンの助っ人コンビだけでなく、遊撃の米田慶三郎は常に打順は下位を打っていた守備の人。一方で、打順は四番をメーンに強打と巧打を打ち分け、守備も超一流だったのが一塁の松原誠だ。そして、そのライバルは、もちろん王だった。

王が引退した巨人へ移籍して


一塁ベース上で王(左)と。結局、松原はゴールデン・グラブを獲得することができなかった


 79年に打撃3部門で王を超えながらベストナインに選ばれなかった大島については紹介したばかりだが、松原は打撃では73年から2年連続で三冠王という王には及ばなかったものの、守備では決して負けていない。確かに、王の守備も堅実だった。だが、松原の守備は堅実さに加え、“名物”を持ち合わせていた。送球がそれると、両足を地面にペタリと着けて捕球する”マタ割りキャッチ”だ。

 ファンは大いに沸き、「足を着けないほうが伸びやすいんだけど、足がベースから離れる心配がある。“マタ割り”だと、それがないので。でも名物になっちゃったから、やめられなくて。あれで腰を痛めちゃった」(松原)という。74年と78年にはリーグ最多安打を放ったが、ダイヤモンド・グラブは王。80年は通算2000安打に到達したものの、受賞したのはラストイヤーとなった王だった。結局、王は賞の創設から自身の引退まで8年連続で受賞。当時は守備だけではなく、打撃での貢献度が投票に影響を与えた面も少なくなかったといえよう。こうしたことは、投票という行為によって物事を決めるシステムが常に持っている横顔でもある。

 この80年を最後に引退するつもりだった松原は、就任したばかりの藤田元司監督に請われて巨人へ。正一塁手にはなっていないが、初めて優勝を経験し、日本ハムとの日本シリーズでも代打で立った初打席で本塁打を放って、日本一の美酒を味わってユニフォームを脱いだ。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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