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プロ野球20世紀・不屈の物語

ホークスを支え続けた? バファローズの“あぶさん”/プロ野球20世紀・不屈の物語【1968〜79年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

もうひとつのホークス


漫画『あぶさん』の主人公・景浦安武のモデルになったという近鉄・永淵洋三


 この世にはパラレルワールドというものがあるらしい。我々の世界と似た世界で、自分と違う自分がいたり、異なるが同じ出来事が起きたりしているという。SFの作り話と思いきや、科学の世界でも真面目に議論されているというから、科学的ではないと頭ごなしに否定するのも科学的ではないのだろう。

 南海からダイエー、そしてソフトバンクとして現在に至るホークスについては紹介したばかりだ。そのホークスの景浦安武という選手が実際にプレーしている姿は、残念ながら見たことがない。それでも、彼が酒をバットに吹きかけてから代打に立ち、どんなに酩酊していても、すさまじい飛距離の本塁打を放つことは知っている。だが、いくらプロ野球の資料をあさってみても、タイガースの景浦将を見つけることはできても、どこにも景浦安武の名はない。景浦を目にすることができるのは、水島新司の漫画『あぶさん』の中でのみ。そこには野村克也門田博光佐藤道郎江夏豊など、南海でのプレーを目にした選手たちの姿はある。

 当時のプロ野球は、人気の面では巨人の一強。かなり遅れた対抗馬として阪神がいて、西鉄(現在の西武)や広島のファンも熱烈だったが、フランチャイズの人口だけで遠く離されていた。巨人も阪神もないパ・リーグの南海を描いた『あぶさん』。首都圏で南海を応援しているような少数派のファンには、夢と現実が錯綜した独特の世界に漂っていた向きもいたのではないか。それも、当時だからこそのプロ野球の楽しみ方だ。

 当時を知るファンには釈迦に説法だろう。ただ、若い人の誤解は避けたいので述べておく。この景浦安武こと、あぶさん。モデルになったのはホークスの選手ではない。「水島さんに会ったとき、モデルにしたと言われた」と語るのは、同じパ・リーグの近鉄で1968年にデビューした永淵洋三。佐賀県の出身で、もともと社会人の東芝でプレーしていて、65年に西鉄のテストを受けるも不合格、「そのまま寝ていいなら1升でも2升でもいける」「酒のうまいまずいで自分の体調が分かる。二日酔いでもバッティングの調子は悪くなかった」(ともに永淵)という酒豪ぶりもあって、月給2万5000円ながら30万円の借金ができてしまい、その返済のために近鉄へ入団したという。まだ優勝の経験がない近鉄を率いていたのは三原脩監督。その指揮の下、永淵は1年目から変幻自在に躍動する。

酒と野球は別


長打を秘めた打撃で、72年には打率.300、22本塁打、57打点をマーク


 あるときは投手として登場して打撃で活躍、降板して外野に回った。またあるときは代打で登場して、そのままマウンドへ。21世紀に日本ハムから海を渡った大谷翔平とはタイプが異なる“二刀流”に、ファンは沸いた。このときのインパクトは強烈だったが、実際には投手としての出場は、この68年のみ。その後は外野手に専念(?)して、翌68年には打率.333で首位打者に輝き、73年まで6年連続で出場100試合を超えている。

 チームの若返りのために75年オフに放出され、日本ハムへ。ここで代打が多くなる。ただ、酒と野球は別で、ひたむきな姿勢で後輩たちからも慕われた。168センチとプロ野球選手としては当時でも小柄だったが、打撃でも当てにいくようなことはせず、引退まで徹底してフルスイング。引退してからはスカウトに転じ、自分のように小柄でも、才能のある選手を発掘するために腐心したが、球団が大型選手ばかりに目を向けるのに嫌気がさして退団、そしてプロ野球からも離れた。永淵と景浦、別の選手であることは頭では分かっているが、目に見えないところで両者の描く双曲線が交わっているようにも思える。

 ちなみに、戦時中の44年、ホークスは近畿日本という名称だった。親会社の南海鉄道が関西急行と合併したことによるもので、戦後になって分離。これが同じ関西に近鉄というチームが誕生する源流だった。戦中、戦後の混乱期、なにかの拍子にパラレルワールドが生まれたとしたら……。戦争という悲劇の時代に想像の羽をのばせば、懸命に未来をつないだ先人たちの息遣いも聞こえてくる。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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