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プロ野球20世紀・不屈の物語

優勝と優勝の間で……。“笑わん殿下”と呼ばれた左腕の“完投術”とは?/プロ野球20世紀・不屈の物語【1989〜98年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

Vイヤーのオフにドラフト1位で


233試合の登板で通算74完投をマークした今中


 1990年代のプロ野球では、それ以前よりは減りつつあったとはいえ、まだ先発した投手が完投することは少なくなかった。完投が激減した近年の物差しで見れば、1人の投手が試合の最初から最後まで投げることなど、投手の酷使に思えるかもしれない。当時はタフで丈夫な選手が多かったのかもしれないが、疲労と闘いながら投げ続ける完投の“技術”のようなものがあったようにも見えた。

 その90年代に“ミスター完投”とも言われ、引退に際して誇れる数字を聞かれると通算74完投を挙げた中日の左腕も、最初から完投を目指して先発のマウンドに立ったわけではないという。若手時代は先発すると、なかなか代えてもらえず。自然と“完投術”が磨かれていった。異名は“笑わん殿下”。完封勝利を収めて、帽子を取ってファンに挨拶するときにも笑顔はなし。いや、多少は顔がほころんでいたのかもしれないが、ほかの選手が喜んでいる姿に比べれば表情が薄かった。今中慎二だ。

 大阪府の出身。中日が星野仙一監督2年目でリーグ優勝を果たした88年オフのドラフト1位で指名されて、大阪桐蔭高から89年に入団した。「大阪におると中日戦のテレビ中継なんてなくて、中日のイメージって正直なかった」と笑って振り返るが、ポーカーフェースも面立ちに幼さも残る18歳の当時から。これも打者との心理戦を有利に進めるためではなく、「特に1年目は、ほとんどしゃべらなかった。ヘラヘラしていたらベンチで何を言われるか分からんから(笑)。星野監督のときは軽口を言っているだけで怒られたこともある」(今中)という。

 とはいえ、クールというか、浮かれたところのない若者だったのも事実だろう。ドラフト1位にもかかわらず「そんなに注目された入団でもなかったからプレッシャーもなかった。漠然とプロ野球に入ったというだけで」と今中。そのスタンスは最後まで変わらなかった。

 1年目から一軍のマウンドを経験してプロ初勝利も挙げたが、完全に定着したのは2年目の90年で、初の2ケタ10勝。プロ初完投も初完封も、この90年だ。高木守道監督1年目の93年がハイライト。7月6日のヤクルト戦(ナゴヤ)ではゲーム16奪三振でセ・リーグ記録に並ぶと、最終的に249イニングに投げて14完投、17勝、247奪三振と、いずれもリーグ最多の数字。防御率2.20こそリーグ2位だったが、最多勝、沢村賞に輝いた。

 だが、やはりというか、「タイトルへのこだわりは、まずなかった」と今中。完投についても「こだわりというより、そういう野球だったから」と語るが、キャンプから入念に遠投してコンディションを整えるなど、準備を怠らなかった。

“10.8”の敗因


2001年限りでユニフォームを脱いだ


「最初から完投ではなく、まずは1回から3回までを考える」(今中)というのが“完投術”のベースだ。印象的なのは「ストレート以上に胸を張って、すっぽ抜けるイメージで投げる」という、90キロ台のタテに落ちる超スローカーブ。これも狙って習得したものではなく、前年に手首を骨折して、「復帰してブルペンで投げられるようになったとき、なんか今までと違う感じがあって」(今中)身についたものだという。なお、この93年は31試合の登板で5回までに代わったのは2度のみだった。

 翌94年もリーグ最多の14完投。だが、巨人との最終戦同率優勝決定試合、いわゆる“10.8”では敗戦投手に。この大一番でも特に気負いもなかったが、「そういうところが結局、勝敗に出たのかな。向こう(巨人)は必死だから」と敗因を分析する。ただ、夏場から肩に痛みがあり、それは徐々に悪化していった。

 それでも、その翌95年は自己最多の15完投で12勝。続く96年も11完投で14勝を挙げたが、それが最後の輝きとなった。「97年からは、とにかく痛かった。日常生活でも痛い。歯を磨くのもネクタイするのも痛かった」と、以降2年連続で2勝。中日は99年に11年ぶりリーグ優勝を飾ったが、わずか5試合の登板で初のゼロ勝に終わる。日本シリーズのマウンドに立つこともできなかった。

 ただ、やはり「優勝に絡めなかったという点では悔いがありますけど、個人のことでは、そんなにないです」という。2000年は登板なし、翌01年は7試合でゼロ勝。オフにユニフォームを脱いだ。「13年間やってきたことに関しては大満足というか、ここまでやれるとは思ってませんでしたから」と今中。優勝の歓喜には無縁だったが、それも、この男らしい気もする。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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