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大洋の新外国人・ボイヤーの評判は上々/週べ回顧1972年編

 

 一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

長嶋以上のサード守備


大洋・ボイヤー


 今回は『1972年3月20日号』。定価は100円。

 1972年も多くの外国人選手が来日したが、一番の目玉は大洋のボイヤーだ。
 ヤンキースの伝説的名三塁手で、普通なら、なかなか来日とはならない大物だ。
 しかしブレーブスに在籍していた70年オフ、フロントと衝突。新聞にもボイヤーの球団批判記事が載り、「こんなチームでプレーしたくない。自分からやめてやる!」となった。
 その後、ウエーバー会議にかけられたが、他チームがトラブルメーカーの評判を恐れて手を出さなかった。
 これに目をつけたのが、ハワイ・アイランドリーグだ。
 ボイヤーはハワイで1年プレーをした後、今度は大洋と契約となった。

 ただ、かつてバーで酔っ払いの警官を殴り、逮捕歴があるボイヤーに対し、大洋のフロントはかなりびびっていた。
 それでも来日時、バット1ケース、グラブ、スパイクを持ち込む姿にほっとしたという。当時は野球用具も持たずに来日する、ふざけた助っ人も多かったらしい。

 2月24日に来日すると、翌日からすぐ練習に合流。その守備を見た青田昇コーチが、
「強い打球をまるで平凡なゴロのようにさばいてしまう。ああいう真似は天下の長嶋(茂雄)でもできんね」
 と大絶賛。あまり期待していなかった打撃でも巧み右打ちを見せ、これも首脳陣を喜ばせた。

 28日に会った中部謙吉オーナーは、
「レフトの江藤(慎一)の肩が弱いから、空中を行かない打球は江藤のところにやらず、君とショートで全部止めてくれ。そしたら連係プレーも必要ないだろ」
 とボイヤーに珍要求(?)をしていた。
 ただ、ボイヤーが推薦し、同じくハワイから大洋入りするはずのシピンは契約でもめ、まだ来日が決まっていなかった。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM
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