一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 カープの新秘密兵器は永射保
今回は『1972年4月17日号』。定価は100円。
話が始まったきっかけについては書いてないが、1972年3月31日、横浜ライオンズクラブでの大洋─南海のオープン戦が、おそらく日本プロ野球初のチャリティーマッチだった。
神奈川県下の恵まれない子どもたちのための施設(孤児院だと思うが、こういうぼかす表現がこの時代から始まっていたのか)から3000人を招待するはずが、春休みとあって要望殺到となり、急きょ慈善試合になったとのことだ。
入場料については、
「お客様のお気持ち次第で結構です」とし、
入口に慈善箱を用意していた。
もう1ネタ。
広島で秘密兵器と期待されていた2年目の
金城基泰だが、腰痛でダウン。首脳陣をガッカリさせた。しかし、ここで代わりに台頭してきたのが、指宿商高から入った新人左腕・
永射保だ。
小柄ながらカーブの切れ味が抜群。そして、何より首脳陣が評価するのが、度胸だ。
「試合であがることはない。同じ人間がやることですからね。新人だもん、打たれてもともとよ」
と話していた。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM