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プロ野球20世紀・不屈の物語

40歳の落合博満、導入されたばかりのFAで巨人へ、そして“10.8”決戦へ/プロ野球20世紀・不屈の物語【1992〜94年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

「長嶋さんを胴上げするために」


誰か93年オフ、FAで長嶋監督(左)が率いる巨人へ移籍した落合


 ロッテで2年連続を含む3度の三冠王に輝きながら、志願して中日へ移籍、主砲として優勝を経験し、グラウンドの外では年俸調停に臨み……という落合博満の軌跡については、数回にわたって紹介してきた。プロ入りは25歳、26歳を迎えるシーズンながらも、プロ野球で最も若い三冠王、三冠王3度もプロ野球で初めて、そんな選手が移籍を志願するのも異例なら、日本人選手の年俸調停は前代未聞。しかも、年俸をつりあげることではなく、制度として存在するだけで日本人の選手にとっては有名無実といった存在だった年俸調停を知らしめることが目的だったというから振るっている。

 ただ、迎えた1992年は5月の腰痛もあって22本塁打にとどまり、打率も3割に届かず。中日も開幕から低迷を続け、終盤の9月こそ空前の混戦となったセ・リーグで上位に牙をむいたが、優勝したヤクルトに9ゲーム差ながら最下位に沈んだ。それでも中日は終盤の勢いを翌93年も維持して、9月には首位に立ったが、最終的には2位に終わる。この93年の落合は、打撃3部門で前年を下回るなど、目立った数字は残していない。

 それでも存在感は圧倒的だった。中日が優勝に届かなかったのには9月から故障者が続出したことも大きいが、その中には死球禍の落合もいた。このとき39歳、オフの12月には40歳の大台に突入する落合。誰にも似ていない強烈な個性と、誰にもマネできない実績を兼ね備えた男は、確実に坂を下りつつあったものの、存在だけで相手チームの脅威になっていた。数字でも、96四球、8犠飛はリーグ最多。下り坂ながら最善の仕事をしていたことが分かる。

 そのオフ。落合は導入されたばかりのFA制度を使って移籍していく。異色のキャリアを歩んできた落合だが、同世代の野球少年と同様、巨人の長嶋茂雄にあこがれていた。新天地は、そんな長嶋が監督として復帰した巨人だった。会見で「長嶋監督を胴上げするために来た」と語った落合。40歳の新たなスタートだった。

 相手チームの脅威ということは、味方にとっては頼れる存在ということでもある。中日でも落合の“神主打法”を助っ人のゲーリーが採り入れたこともあったが、まだ当時の落合はタイトルを争うほど脂の乗り切った時期だった。移籍した巨人では数字を減らしていくことになるが、やや逆説的ながら、だからこそ存在の大きさが際だっていたようにも思える。

 迎えた94年、巨人1年目の落合は、15本塁打、68打点、打率.280。全盛期の数字と比べれば、間違いなく物足りないものだ、だが、そんな落合に長嶋監督が託した役割は四番打者だった。この93年には、その長嶋監督が将来の四番を見据えていた新人が入団している。のちに巨人の四番だけでなく、メジャーでも長距離砲として鳴らした松井秀喜だ。

守り抜いた4回裏


移籍1年目、リーグ優勝に導き、さらに日本シリーズで西武を下して日本一に


「落合さんは“風よけ”のような大きな存在だった」と、のちに松井は振り返っている。長嶋監督に英才教育を施された松井は、高卒ルーキーながら夏場にはレギュラーに定着。間近に四番打者としての落合を見ながら、着実に成長していった。

 この94年、巨人のリーグ優勝が決まったのはシーズン最終戦、プロ野球で初めて勝率が同じチームが激突した、いわゆる“10.8”だ。舞台はナゴヤ球場、相手は落合の古巣でもある中日。もちろん試合には落合も出場した。この試合についても過去に紹介したが、少し繰り返す。2回表には先制ソロ、3回表にも適時打を放った落合だが、その裏の守備で左足の内転筋を痛めてしまう。中日へ移籍してからは一塁がメーンとなったが、ロッテ時代は二塁や三塁を守るなど、打撃ほど目立たなかったとはいえ、器用さを発揮していた落合。ただ、この94年の落合に最も期待されていたのが守備でなかったことは分かっていたはずだ。だが、落合はテーピングを巻いて3点リードで迎えた4回裏まで守り抜いて、自ら申し出てベンチに退いている。その姿を見た巨人ナインが奮起しないはずがなかった。

 もちろん、「長嶋監督を胴上げするために」移籍してきた落合は、胴上げには参加できなかった。ただ、言うまでもなく「胴上げする」は比喩。落合は、落合よりも若い巨人ナインの手で宙に舞う長嶋監督を、うれしそうに見つめていた。これは結果論だが、胴上げに参加している落合よりも、遠くで笑顔を浮かべている落合のほうが、他の誰でも違う道を歩んできた落合らしい気もする。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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