類を見ないエンターテイナー
48歳でトライアウトに挑戦した新庄。体は完璧につくってきた
プロ野球の
阪神と
日本ハム、メジャー・リーグのメッツとジャイアンツで活躍し、12球団トライアウト(12月7日、神宮球場)に参加した
新庄剛志が、現役復帰断念を表明した。自身のインスタグラムで「1パーセントの可能性を信じてやってきたが、0パーセントになった。しかし、いくつになっても挑戦した自分に悔いはなし」と投稿。願いは届かなかったが、新庄が周囲に及ぼした影響は大きく、教えてくれたものは大きい。
昨年11月、現役復帰を表明。1年間肉体をいじめ抜くと、ブランクや年齢を微塵も感じさせないシェイプアップされた姿で登場した。
誰もが驚いたのは、スタジアムに快音が響いた4打席目だった。走者一、二塁の場面で右打席に入ると、全盛期のようにバットを高く上げながらマウンドを凝視。前
ヤクルトの
日隈ジュリアスのチェンジアップをとらえ、打球を左前へはじき返した。4打席で1安打、1四球の1打点。今も色あせることない存在感を十分に見せつけた。
「ランナーがいたからアドレナリンが出た。ボールが止まって見えたよ」
かつてライバルたちに何度も辛酸をなめさせた勝負強さは、時を経ても健在だった。
トライアウトでは守備機会こそなかったが、本番前の練習で軽快なフィールディングと肩の仕上がりをアピール。見る者をクギ付けにする華やかな一挙手一投足は、まさにスターのオーラがあった。
奇想天外な言動と常識を覆し続けてファンを楽しませた類を見ないエンターテイナー。突然の復帰宣言に対し、各方面から「プロはそんなに甘くない」といぶかる声も少なからずあったが、新庄は「本気」だった。
「6日間オファーがなければあきらめる」と話した新庄に対し、動いた球団はなかった。ピークを過ぎた選手に貴重な選手枠の一つを割く余裕はないのか。それとも、強烈な個性を放つ異質のタレントを受け入れることへのためらいがあるのか。手堅い経営方針は理解できるが、柔軟な発想と勇気を見せた球団がなかったのは残念で、とてももったいない。
新庄がチームにもたらす影響は、グラウンド内には留まらなかったはずだ。不可能に挑戦し、その壁を乗り越えようとするひたむきさと情熱は、チーム全体に大きな刺激を与えたに違いないのに。「人寄せパンダでもいい」と割り切っていた新庄が生む経済効果も、球団にとってはプラスに働いたはず。ファンに夢を与えるのがプロ野球の使命なら、それを自分たちが実現するための努力と工夫をしているかどうか考えた球団はあったのだろうか。いずれにしても、ファンを魅了した「新庄劇場」は幕を下ろすことになった。
プロセスも決して怠らない
阪神時代の新庄(左)と野村監督。言動は派手だったが野球への姿勢は野村監督も認めていた
ビッグマウスや格好だけではなく、プロセスも決して怠らない。そんな新庄の生きざまを認めていたのが、阪神時代の
野村克也監督だ。
「野球はお尻が大きくなってスタイルが悪くなるから、選手をやめたい」など奇想天外な発言で注目を集めたが、野村監督は類いまれなるプロ意識を高く評価した。ユニークな言動の裏で、誰よりも早く球場に入り、念入りにトレーニングを積んで本番に臨む。人並み外れた身体能力におぼれることなく、上っ面だけのパフォーマンスをする選手ではないことを知り尽くしていたからだ。「新庄がかわいくて、かわいくて仕方がない」。辛口が売りの名将は、スター性と愚直さの両面を愛した。
新庄が思い出させてくれたのは、プロ野球界が失いつつあるワクワク感と期待感だ。ちまたには「すごい。シーズンでもユニフォームを着た新庄が見たい。常時試合に出れなくても、入団したチームのファンになる」というファンの声があふれた。日本ハム時代のチームメート、
ダルビッシュ有は「10年以上やっていないのに、143キロを芯に当てるのがすごすぎる」とSNSでコメント。球界希代のトリックスターは、今も見る者を感動させるだけの力を持っていた。
令和時代が必要としているのは、誰をも熱狂させる“ヒーロー”だろう。高い技術で数字だけをクリアし、味気ない勝敗だけを見せるのはプロ野球ではない。コロナ禍の中、ファンに夢と希望を与え、感動を運んでくれるタレントを待っている。
写真=BBM