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プロ野球20世紀・不屈の物語

関西人より関西人らしい名通訳? 爆笑伝説で知られた助っ人の伝説的な現役時代/プロ野球20世紀・不屈の物語【1955〜90年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

翻訳の極端な省略は名物に


現役時代のバルボン。55年に阪急に入団した


 外国人選手が勝利の立役者となり、お立ち台に立つと、その傍らには通訳がいる。もちろん、インタビュアーの日本語を翻訳して選手に伝え、選手のコメントを日本語に翻訳して語るためだ。この構成は、20世紀の昔も21世紀の現在も、大きく変わらない。近年は、外国人選手がサービス精神を発揮して、最後に日本語でファンに向かって雄叫びをあげることが多い。言語の壁は、どうしても人と人の距離を遠いものにしてしまう。外国人選手が日本語で叫び、勝利の喜びを共有してくれるだけで、日本語ばかりを使っている我々にしてみれば、ありがたくもあり、うれしいものでもある。

 ただ、昭和の昔、お立ち台で選手よりも注目を集めた通訳が阪急、そしてオリックスにいた。阪急の黄金時代に活躍したマルカーノの通訳を務めたのが最初だったが、選手がインタビューに対して真摯に、長く丁寧に答えれば答えるほど、ファンの期待(?)はふくらむ。選手の英語が分からず、ある種の待ち時間となっていることもあるだろう。選手のコメントが終わると、通訳にマイクが向く。選手が英語で何を語っていたかを観客に伝えるためだ。だが、通訳は関西弁で、ひと言。

「そうやね」

 その通訳の名をバルボンという。当時の野球少年は、その見ただけで陽気な男だと分かる通訳が、どうやら昔は阪急でプレーしていた選手だということくらいは知っていたかもしれないが、そんな興味を吹き飛ばすくらいに「そやね」の破壊力が抜群であり、野球の技術などの難しい話などよりも、バルボンが選手の長い話を極端に省略する、いわゆる“お約束”の笑いを求めていたのかもしれない。だが、球史に残る名(?)通訳ぶりで類をみないインパクトを残したバルボン。球史に残る名(!)選手でもあったのだ。

 キューバ出身。16歳でアメリカに渡って、22歳となる1955年に来日、阪急へ入団した。このとき、日本の知識は皆無に等しく、「フィリピンやハワイみたいなところだ」と言われ、3日もかけて到着した空港で生まれて初めて雪を見て、そのまま帰りたくなったという。旅館には火鉢と湯たんぽが置かれているだけで、寒くて眠れず。もちろん日本語も、まったく分からなかった。阪急では、チームメートの阿部八郎から、西村正夫監督の名前を「アジャパー」だと教えられて、「『アジャパーさん、おはようございます』って言ったら変な顔をされたよ」とバルボンは振り返っている。いまなら普通に「アジャパー」と言っただけでも若い人には変な顔をされそうだが、これは当時、流行していたギャグ。ほかにも爆笑伝説は多いが、プレーはマジメで、スペイン語で「坊や」を意味する“チコ”と呼ばれてチームメートやファンから人気を集める一方で、研究熱心な選手だった。


外国人選手トップの通算盗塁


躍動感にあふれる攻守走は魅力的だった


 53年に3人の助っ人を原動力にして2位に躍進した阪急。バルボンは来日1年目からリードオフマンとなり、リーグ最多の163安打を放つ。打席、打数、得点、三塁打もリーグ最多。タイトルはなかったが、49盗塁をマークしている。二塁守備も俊敏で、打撃には自信がなかったというが、躍動感あふれる攻守走は、“灰色”と揶揄された阪急に明るい光を呼んだ。57年からは盗塁の数を減らしたが、それでも翌58年から3年連続で盗塁王に輝いている。その秘訣も「見たらええんや」と、ひと言。さすがに補足すると、投手によってリズムやクセ、セットに入ってから投げるまでの時間が違うので、ひたすらベンチから観察して、いいスタートを切ることを意識していたという。

 だが、パワーに欠けるバルボンは64年オフに近鉄へ放出される。翌65年は長打力を求めて大振りになり、打率が低迷。「それはチコのバッティングじゃない」とアドバイスを送ったのは河野旭輝ら、かつてのチームメートたちだった。そこから安定感を取り戻したバルボンだったが、いわゆる外国人枠が2人までと規定され、そのオフに新たな外国人選手2人が入団することになり、解雇された。

 通算308盗塁は、この21世紀も外国人選手の最多として残る。日本語(関西弁)を5、6年でマスターして「関西人より関西人らしい」と言われたバルボン。通訳の極端な省略は21世紀なら炎上するかもしれないが、ヒーローインタビューがAIで自動翻訳される、などという時代を迎えるよりは、ずっといい気がする。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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