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2410試合に出場…住職へ転身したNPB審判員が明かしたある“事実”

 

覚えるのは得意分野


覺應寺の本堂で経本を手にする佐々木住職。毎朝、7時からの勤行が1日の始まりだ(写真=BBM)


 静寂に包まれた本堂。覺應寺(群馬県館林市)の住職・佐々木昌信さんがお経をあげる姿も、すっかり板についている。

 読み込まれた経本は計4冊。京都の本山(東本願寺)に合わせ、毎朝7時から唱える勤行をはじめ、お通夜、葬儀、四十九日、一周忌など法要によって使い分ける。将来的にはすべて暗記しなければならないという。

 覚えるのは、得意分野だ。毎年、改訂される「公認野球規則」はすべて頭の中に入っている。アンパイアとはルールに沿って、フェアなジャッジをする。緊張感があるプロの大舞台。在職29年で、2410試合に出場してきた。

 NPB審判部でクルーチーフを務めた佐々木さんは今季限りで、プロ野球のアンパイアを引退した。29年目。最後のジャッジ(三塁塁審)となった11月4日(西武日本ハム、メットライフドーム)の試合後には、退任セレモニー。NPB審判員に対し、こうした「花道」が用意されるのは超異例だ。現場で慕われた、佐々木さんの人徳である。

 館林高、大谷大を経てセ・リーグに入局したのは1992年。95年に一軍デビューすると、日本シリーズ6度、オールスター4度、17年の第4回WBCにも出場した。今年8月で51歳。審判員の定年は55歳も、体力と技術に問題なければ、以降も契約更新の可能性はある。佐々木さんも55歳まではグラウンドに立つつもりであったが、父である前住職の体調が優れず、副住職として、実家である覺應寺へ戻らなければならなかった。昨年12月の契約更新時に、今季を最後に引退する意向を申し出ている。

 後継者となるべく、本来は準備期間を設ける予定も、今年1月に住職が逝去。今年はコロナ禍により、プロ野球の開幕が延期された。佐々木さんが戻るまでの期間、夫人と長男が覺應寺を守った。現実的に引き継ぎがないまま、佐々木さんは住職に就任したのだ。これまでもプロ野球のシーズンオフには寺を手伝ってきたが、やはり、勝手が違う。不慣れな日々。試行錯誤の中で、一つひとつの仕事と真摯に向き合っている。

五輪出場は消滅……


最後の割り当てとなった11月4日(西武対日本ハム)の試合後にはセレモニーが開催。NPB審判員にこうした場が用意されるのは、超異例であるという(写真=川口洋邦)


 さて、佐々木さんがNPB審判員を経験した上で、衝撃の事実がある。

「この29年で、ルールを勉強はしていても、熟知している監督と出会ったことはありません。選手も同様。つまり、試合進行は私たちに委ねられているのが現実であり、かかってくる重圧は大きい。野球の展開は非常に細かいですから、プレーによっては私たちが監督や選手にルールを説明しないといけない。仮に監督や選手が、私たち審判員と同じ知識レベルであったら、収拾がつかなくなってしまうかもしれません。本来は、高校や大学でルールを覚えないといけないわけですが、勝つための練習と規則の勉強を両立させるのは難しいと思います」

 審判技術に加え、ルールを理論武装することで、自信を持ってグラウンドに立ってきた。NPB屈指の実力派である佐々木さんは、実は今年の東京五輪に内定していたという。しかし、国際舞台とは縁があるとは言えなかった。苦笑いをしながらこう言う。

「第2回WBCは日本から4人ということで、私は4人目に選ばれていたんですが、直前になって3人、と……。第3回WBCでは日本が準決勝進出を逃せば、サンフランシスコに向かう予定で待機していたんですが……。第4回では『3度目の正直』でサンディエゴでの予選ラウンドを担当。日本の結果次第では、ロス行きのチケットも用意されていたんですが(日本が準決勝へ進出し)、そのまま成田へ帰国しました」

 東京五輪へ向けてはユニフォームの採寸、IDカードの申請も終えていた。準備を進めてきた矢先、1年の開幕延期が決定。審判員の人選も、振り出しに戻る。20年限りでNPB審判員の引退を固めていた佐々木さんの五輪出場は、消滅してしまったのだ。

「人生とは、思いどおりにならないことを学ぶ場。審判員もそうでしたが、人に物事を伝える際には、シンプルでないといけない。野球規則の細かい部分、宗派の専門的なことも内々で話すことです。人に伝える際には、分かりやすさが大事。住職では普段の生活に取り込める法話(住職が聴衆の前で話をすること)をしたいと思っています」

 生まれ育った館林で、人が集まりやすい寺にするのが夢だという。門を入れば、温厚篤実な佐々木住職が飛び切りの笑顔で出迎えてくれる。51歳。第18世住職として、学びの日々が続く。そして、寺の仕事が軌道に乗った後は、アマチュア球界の審判員として普及・振興に貢献したいと考えている。

文=岡本朋祐
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