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プロ野球20世紀・不屈の物語

落合との対決で印象を残すもライバルの江川が引退……。西本聖、中日でプロ15年目の初タイトル、そして“21年目”のフィナーレ/プロ野球20世紀・不屈の物語【1987〜95年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

逆風をエネルギーに変えて


89年、中日移籍1年目に20勝をマークした西本


 ドラフト外で1975年に巨人へ。最初は同期のドラフト1位、甲子園でアイドル的な人気を集めた定岡正二をライバルに定め、「誰にも負けない」と自負する猛練習で台頭した。79年には空前の騒動を経て江川卓が入団。才能あふれる“怪物”に対して、すさまじい努力で挑む姿は江川を触発し、たがいに切磋琢磨する珠玉のライバルストーリーが紡がれていった。そんな西本聖については、この連載の最初で紹介している。日本シリーズでは江川を超える印象を残すこともあったが、シーズンの白星では84年に15勝で並んだだけで、江川をしのぐことができずにいた西本。だが、江川との物語は唐突に幕が降りる。

 87年、江川は13勝。一方の西本は「パ・リーグでは打ったかもしれないけど、セ・リーグでは違うぞ」(西本)と、ロッテで3度の三冠王に輝きながら中日へ移籍してきた落合博満に対して武器のシュートで攻めまくる名勝負を演じたものの、8勝に終わる。そんなオフ、江川が突如として現役引退を発表したのだ。「ずるい、逃げられた、と思いましたね(笑)」と西本は振り返る。プロ13年目、2年連続で2ケタ勝利に届かず、苦しんでいた西本は、自らを発奮させる存在を失ってしまったのだ。

 そんな西本に逆風が吹き始める。ふつう逆風が吹けば苦境も深まるものだが、西本の場合は、逆風、それも上のほうから吹き下ろしてくるような逆風は、最強のエネルギー源だった。消えかかっていた闘志の炎は、ふたたび燃え盛る。89年に中日へ移籍。トレードの相手は捕手の中尾孝義で、西本と投手の加茂川重治との2人との交換という、かつて江川との二枚看板で巨人を引っ張った西本にとっては屈辱的なトレードでもあった。このとき、巨人のフロントには「西本は闘志むきだしで巨人に立ち向かってくるはずだ。中日へ出していいのか」という声があったが、藤田元司監督は「ライバルのチームでも、こういうトレードをすることが球界の活性化につながる」と言ったという。

 巨人フロントの“悪い予感”も、プロ野球の未来を見渡した藤田監督の“いい予想”も、ともに的中。「球界の活性化」以上に活性化したのは西本だった。当時は巨人のことを尋ねられても「もう昔のこと」と答えなかった西本だったが、のちに「ジャイアンツに出されたわけですから、見返すにはセ・リーグの球団で対戦して勝つしかない。どのチームより負けたくないという思いがありました」と語っている。西本はよみがえった。

真冬の多摩川グラウンドで


西本の“引退試合”で始球式を行った長嶋監督


 迎えた89年のペナントレース。西本は巨人からの5勝を含む20勝を挙げる。西本にとっての自己最多だが、江川のキャリアハイに並ぶものでもあった。これで西本は初タイトルとなる最多勝。プロ15年目、33歳のシーズンだった。西本は翌90年にも11勝を挙げたものの、その後は椎間板ヘルニアなどもあって急失速。92年オフに自由契約となり、翌93年にはオリックスで5勝も、1年で再び自由契約に。西本が復活の舞台に選んだのは、巨人だった。かつての恩師でもある長嶋茂雄監督が復帰していて、「もう一度、長嶋監督の下でマウンドに立ちたい」という思いもあったという。テストを受けて復帰した西本に与えられた背番号は、かつて自身が背負った26番ではなく、第1期に長嶋監督が着けていた90番だった。

 その94年は、中日との最終戦同率優勝決定試合“10.8”があったシーズン。優勝の行方が最後の最後までもつれたこともあり、西本に一軍での出番はなかった。オフに現役を引退。どん底も頂点も経験した、波乱万丈の20年間だった

 だが、ドラマは終わっていなかった。95年1月21日。二軍で歯を食いしばっていた若き日々を過ごした多摩川グラウンドに、巨人、中日、オリックス、さらには松山商高からも、かつてのチームメートが集まってくる。有志が主催した“引退試合”。始球式のマウンドに立ったのは長嶋監督だった。長嶋監督は最終回の7回表二死の場面で代打として登場。背番号90の西本は、自身のトレードマークでもある投球フォーム、左足を天に向かって突きあげて、恩師に渾身のボールを投げ込んだ。そして7回を“完封”した西本は、涙を浮かべながらも、感無量の笑顔。「ほんとうに幸せ。それ以上の言葉じゃありません。いろいろな方が引退されたけど、僕は最高だと思います」

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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