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日本人メジャーの軌跡

弱小球団でリーダーシップを発揮し優勝に導いた岩村明憲/日本人メジャーの軌跡

 

岩村明憲は2006年のシーズン後、ヤクルトからポスティングシステムでデビルレイズ(現レイズ)に移籍した。入札額455万ドル、年俸は3年総額770万ドル。内野手としてはメッツ・松井稼頭央、ドジャース・中村紀洋、ホワイトソックス・井口資仁に続く4人目の日本人メジャーだった。入団に際して岩村は「メジャーに入ることではなく、そこで活躍することが大事」と、心意気を口にしていた。

ハイライトは2年目の08年


岩村らの力でレイズとなったチームはワールド・シリーズに進出した


 1年目から正三塁手としてチームの戦力となった。デビュー戦は開幕のヤンキース戦「六番・三塁手」でスタメンに名を連ねた。先発のカール・パバーノと対戦。2回の第1打席では遊ゴロ失策で出塁して生還した。4回の第2打席は四球。6回の第3打席ではショーン・ヘンから左前に弾き返してメジャー初安打。結局3打数1安打1四球1得点。この開幕戦から9試合連続安打と好調なスタートを切った。

 だが好事魔多し。4月23日のヤンキース戦で右ワキ腹を痛め、翌24日からから故障者リストに。この時点で打率.339であった。復帰まで1カ月を要し、戻って来たのは5月28日のタイガース戦だった。結局1年目の2007年は123試合に出場して打率.285、7本塁打、34打点と堂々の成績。だがチームは3年連続地区最下位に終わった。

 岩村のメジャー生活のハイライトは2年目の08年であった。デビルレイズからレイズに改名し、オープン戦では18勝8敗で1位と勝ちグセをつけた。開幕直後は最下位に低迷したものの、4月22日から6連勝で一気に地区首位に躍り出た。その後は首位争いを演じ、最終的に97勝65敗で2位レッドソックスに2ゲーム差をつけ、創設11年目で初のア・リーグ東地区優勝を果たした。

 岩村は新人のエバン・ロンゴリアに三塁を譲り、二塁手に転向。慣れないポジションながら、しっかり対応。152試合に出場して打率.274、6本塁打48打点。チームはプレーオフを勝ち抜きア・リーグ初優勝。ワールド・シリーズではフィリーズに敗れた。指揮を執ったジョー・マドン監督(現エンゼルス監督)は名将との評価を受け、カブスに移ってワールド・シリーズを制することになる。

 18年、ア・リーグ初優勝10周年を記念して岩村は球団に招かれ、8月4日のホワイトソックス戦の前に始球式を行った。「歓声を受けて、うれしかった」と岩村は懐かしそうに話していた。岩村のメジャー生活は4年間。レイズ、パイレーツ、アスレチックスに所属し通算408試合で16本塁打117打点、打率.267の成績だった。確実にレイズの球団史に足跡を残した。

『週刊ベースボール』2021年9月3日号増刊(8月11日発売)より

文=樋口浩一 写真=Getty Images
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