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廣岡達朗コラム

佐藤輝明が59打席連続無安打と不振に陥ったのは“重心”を疎かにしていたからだ/廣岡達朗コラム

 

良かったフォームを分解


10月5日のDeNA戦でライト前にヒットを放った佐藤輝


 阪神佐藤輝明が10月5日のDeNA戦(横浜)で60打席ぶりのヒットを打った。8月21日の中日戦(バンテリン)でヒットを打って以降、とんと打てなくなった。NPBワーストの59打席連続ノーヒットが続いていた。

 シーズン前半は佐藤にしかできない打撃をしていた。体の軸を回転させて打っていたから良かった。佐藤には無意識のうちに臍下丹田(せいかたんでん、ヘソの下)に気を鎮める打法が備わっていたのだろう。その良かったフォームを、いまは分解して打とうとしている。

 良かったときの佐藤は、打つ瞬間にバットが消えた。それほどスイングスピードが速かった。打席で突っ立って流した打球がそのままレフトスタンドへ飛び込んでいく。すごいヤツだなと唸らされた。それが、調子を崩してからはバットスイングが見えるようになっていた。

 おそらく佐藤は担当コーチから頭を残したまま打てと教わっていたと思う。だとすれば、だから打てなくなったのだ。首脳陣が自分の感覚を教えているだけで、基本を教えていない。

 頭を捕手のほうに残すのはいいが、では重心はどうなるのか。以前のこの欄でも書いたが、私なら後ろから佐藤の両肩を羽交い絞めにして、「俺を投げ飛ばせ」と言ってみる。佐藤が頭だけ捕手のほうに残していたら、羽交い絞めにした側の思うツボだ。しかし、佐藤が重心を下に置いて踏ん張ったら、羽交い絞めにしたほうが反対に吹っ飛ばされる。それだけ重心というのは大切なのだ。その重心を疎かにして頭を後ろに残していたら倒れてしまう。そんな状態で打って、力が出るだろうか。だから佐藤は苦労したのだ。「プロ野球は難しいなとすごく思いました」ともコメントしている。

 あの偉大なるONは心身統一合氣道の創始者である藤平光一先生に教わった。藤平先生は、野球は知らないが、重心とは何か、気を出すというのはどういうことかを教えて素振りをさせた。そうすると素振りの音が違う。「ピュ〜」という音が「ビュッ」と変わる。これは面白いと長嶋茂雄王貞治が藤平先生のアドバイスに謙虚に耳を傾けたところに値打ちがある。

チャンスをもらったと思えばいい


 荒川博さんがその才能を見いだした王は、稀に見る選手だったにもかかわらず答えが出なかった。そこで藤平先生に意見を求めた。重心とは何か、気とは何かを教えて王にバットを振らせた。藤平先生をして「この音だ」と言わしめたスイングを完成させた王は、のちに一本足打法で世界のホームラン王の地位を不動のものとした。長嶋は天才的な資質があるが、良い意味での「野球バカ」、これだと信じてやり続けた。

 佐藤もこうした先人たちの姿勢を学んでほしい。今回、打てなかったことを悲観する必要はない。これから先に良くなるために、神様はわざと打たせないようにしたのだ。勉強しなさい、という意味である。人というのは考え方一つでどうにでもなる。それなのに、大半の人たちは困った困ったと言いながら、うまくなりたいという欲だけで勉強しない。

 佐藤はようやく長いトンネルから脱した。これからだ。1年目の途中でスランプに陥った。この状況は、チャンスをもらったと思えばいいのだ。

廣岡達朗(ひろおか・たつろう)
1932年2月9日生まれ。広島県出身。呉三津田高、早大を経て54年に巨人入団。大型遊撃手として新人王に輝くなど活躍。66年に引退。広島、ヤクルトのコーチを経て76年シーズン途中にヤクルト監督に就任。78年、球団初のリーグ制覇、日本一に導く。82年の西武監督就任1年目から2年連続日本一。4年間で3度優勝という偉業を残し85年限りで退団。92年野球殿堂入り。

写真=BBM
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