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日本人メジャーの軌跡

派手なメジャー・デビューで活躍した福留孝介。その後は4年間で3チームを渡り歩く/日本人メジャーの軌跡

 

福留孝介を初めて現場で見たのは1996年2月、アトランタ五輪日本代表候補のフロリダ州フォートマイヤーズ合宿であった。前年のドラフトで近鉄に1位指名を受けながら入団を拒否。日本生命入社を控えていた時期で、まだ18歳だった。ツインズとの練習試合で右中間へ本塁打。福留は金属バットであったが、鮮やかな一発だった。「福留は将来、メジャーでプレーするのかもしれない」と感じたものだった。そのとおりになったのが2008年だった。

派手なスタートを切って


カブス時代の福留


 中日で9年間活躍し、FAになって2007年12月にカブスと4年総額4800万ドルという大型契約を結んだ。打率も本塁打も期待できる選手と評されていた。カブスは1908年を最後にワールド・シリーズ優勝なし。ルー・ピネラ監督の下で100年ぶりの栄冠を目指すための強力助っ人だった。

 メジャー・デビューとなった08年3月31日の開幕戦で派手な活躍を演じた。五番・右翼で出場し、3打数3安打。特に0対3とリードされた9回裏、ブリュワーズのクローザー、エリック・ガンエーから同点3ランを放ってリグレー・フィールドのファンを大喜びさせた。

 ちなみにこのとき、スタンドでは「偶然だぞ」という謎の日本語のボードを掲げるファンがいた。これは100年ぶりの優勝を願う「It’s gonna happen(それは実現するぞ)」を自動翻訳したもので立派な誤訳なわけだが、愉快なニュースとして報道された。

 試合は延長戦の末に敗れたが、強烈な印象を与えた。福留は「日本でやってきたことを変えたつもりはない。今までどおりの野球をやっているという感覚」と平常心を強調した。

 こうして派手なスタートを切り、7月にはオールスター戦にファン投票で選出。ところが後半戦は厳しい攻めにあって失速。前半戦は打率.279、7本塁打、36打点だったが、8月以降は打率1割台。結局1年目は打率.257、10本塁打、58打点。プレーオフではドジャースとの地区シリーズで3試合に出場し10打数1安打0打点に終わっり、チームも1勝もできずに敗退した。

 カブスには11年7月まで在籍しインディアンスにトレード。12年はホワイトソックスで24試合に出場。6月末に戦力外となり、7月にヤンキースとマイナー契約。メジャーに昇格できず、翌年は阪神に復帰した。結局メジャーでは5年間で打率.258、42本塁打、195打点だった。帰国後は阪神で8年間プレーし、古巣の中日に戻って44歳の今季も現役でプレーしている。

『週刊ベースボール』2021年10月18日号(10月6日発売)より

文=樋口浩一 写真=Getty Images
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