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プロ野球回顧録

イチロー、新庄剛志、秋山幸二…あなたが選ぶ歴代最高の「外野守備の選手」は?

 

 外野手の守備力はチームへの貢献度を図る上で大きな指標になる。俊足、強肩と身体能力だけが名手の条件ではない。ポジショニング、打球に対する反応の早さ、球際の強さ、正確な送球、状況判断……。球界随一の鉄砲肩で知られた西武羽生田忠克、俊足と強肩でダイナミックなプレーが持ち味の広島赤松真人、強肩を武器に落合監督の黄金時代を支えた中日英智、俊足を生かした広い守備範囲と状況判断に優れたロッテ岡田幸文……。レギュラーで活躍した選手たちの中では以下の4選手が誰もが認める「外野の名手」だろう。

「エリア51」「レーザービーム」


日本でも、メジャーでも抜群の守備力を発揮したイチロー


・イチロー(オリックス、MLBマリナーズ、MLBヤンキース、MLBマーリンズ) 
※NPB通算951試合出場、打率.353、118本塁打、529打点、199盗塁
※MLB通算2653試合出場、打率.311、117本塁打、780打点、509盗塁

 世界を代表する伝説のプレーヤーだ。オリックスで7年連続首位打者、メジャーでも首位打者、シーズン最多安打を更新するなど10年連続200安打の金字塔を打ち立てて日米通算4367安打をマークした。だが、イチローの魅力は打撃だけではない。NPBでゴールデン・グラブ賞を1994年から2000年まで7年連続、メジャーでもゴールドグラブ賞を2001年から2010年まで10年連続と計17年連続で17度受賞している。マリナーズでは守備範囲の広さと背番号「51」を合わせ、機密性が高く警備が非常に厳重であるネバダ州の米軍軍事施設にかけて「エリア51」と呼ばれたことも。強肩かつ地をはうような弾道の正確な送球で何度も走者を刺し、「レーザービーム」と形容された。イチローのプレーを見て、右翼の守備を希望する子どもたちが大幅に増えて人気のポジションに。守備でも「球界の常識」を変えたレジェンドだ。

中堅で発揮した卓越した野球理論


守備でもありとあらゆることを考えながらプレーした新庄


新庄剛志(阪神、MLBメッツ、MLBジャイアンツ、日本ハム)
※NPB通算成績1411試合出場、打率.254、205本塁打、716打点、73盗塁
※MLB通算成績303試合出場、打率.245、20本塁打、100打点、9盗塁

 劇的な一打やド派手なパフォーマンスの「新庄劇場」で野球ファンの心をつかんだが、新庄が最も輝くのは外野の守備だった。プレースタイルから「天才肌」と感じるファンが多いが、卓越した野球理論の持ち主でその能力は中堅の守備で研ぎ澄まされた。1球ごとに配球を読み、打者の特徴や試合展開でポジションを大胆に変える。左翼手、右翼手にも指示を出して安打性の当たりをアウトにしてチームを何度も救った。強肩に加えて捕球してから送球するまでが早い。打球を予測する感覚に優れ、走者を次の塁に狙わせるためにあえて遅い動作で捕球し、補殺することも。高度な技術を持ち合わせているからこそ成し得た。NPBでゴールデン・グラブ賞10度受賞は外野手部門で歴代3位タイ。メジャーでも外野守備の能力を高く評価された。

スマートで球際に強いプレー


高い身体能力を守備でも存分に発揮した秋山


秋山幸二(西武、ダイエー)
※NPB通算成績2189試合出場、打率.270、437本塁打、1312打点、303盗塁

 並外れた身体能力で誰よりも速く走り、打球を遠くに飛ばした。1987年に43本塁打、90年に51盗塁でタイトルを獲得し、89年には打率.301、31本塁打、31盗塁で「トリプルスリー」を達成。西武で同僚だったデストラーデが「秋山ならすべてのメジャー球団で主力選手として活躍できる」と太鼓判を押すほどだった。外野の守備もすごかった。当時西武でコーチを務めていた伊原春樹氏は週刊ベースボールのコラムで「守備範囲は非常に広く、ちょっとやそっとでは打球が抜けない。後ろの打球に対しても勘がいい。本当に最高のセンターだった」、「判断良くスタートして、飛び込むことなくシャッと捕球する。その姿は非常にスマート。決して危なっかしいプレーはしなかった。いわゆる球際に強いプレーだ」と絶賛している。ゴールデン・グラブ賞11度は歴代2位タイだ。

日本一をつかみ取ったビッグプレー


入団当初は捕手だったが外野手として大成した飯田


飯田哲也(ヤクルト楽天)
※NPB通算1505試合出場、打率.273、48本塁打、363打点、234盗塁

 ヤクルトに入団当初は捕手だったが、1989年に当時の野村克也監督に身体能力の高さを買われて内外野を守ることに。90年に二塁で定位置をつかみ、91年に中堅に再びコンバートされると、同年からゴールデン・グラブ賞を7年連続受賞。ポテンヒットを防ぐため浅めの守備位置から後方の打球に俊足を生かして落下地点に入る。フェンスに駆け上がり、ホームランボールをキャッチしたことも。強肩で正確な送球にも定評があった。93年の日本シリーズ・西武戦では第4戦で1点リードの8回二死一、二塁で鈴木健の中前打にチャージをかけ、70メートル近いダイレクトのバックホームで二塁走者・笘篠誠治の生還を阻止。4勝3敗でヤクルトが日本一に輝いたが、このビッグプレーが分岐点になった。飯田は週刊ベースボールの取材でこの補殺を、「生涯で守備のベストプレー」に挙げている。

写真=BBM
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