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冷静と情熱の野球人 大島康徳の負くっか魂!!

大島康徳コラム第76回「大島康徳×牛島和彦 スペシャル対談(前編)」

 

好評連載の特別版として連載で何度も登場したドラゴンズ時代の後輩・牛島和彦氏とのスペシャル対談を前中後編の3回にわたってお送りしよう。なぜ3回か? 話が盛り上がったからです。
取材・構成=井口英規 写真=福地和男


「一番熱心だったのは南海でした」(牛島)


牛島 先輩、お久しぶりです! 体は大丈夫ですか。

大島 平気、平気、まったく問題ない。お前も何か具合が悪いと思ったら、すぐ病院に行けよ。俺も病院は嫌いだったから、最初は我慢してたんだ。家族に言われて嫌々行ったら検査のとき、女性の医師に直腸検査と言われ、「尻の穴に指を入れられるなんて死んでも嫌だ!」と言ったんだけど(笑)、「エコーを見たら、確実に何かありますんで少し我慢してください」となって、嫌々やってもらったら「はい、アウトです!」って(笑)。

牛島 明るい患者ですね(笑)。

大島 実際、自覚症状ないしね。痛いところもないよ。

──大島さんは、牛島さんが中日に入団したときを覚えてますか。

大島 もちろん! 俺は1969年入団だけど、ウシは俺の6、7年後くらいだったよね。

牛島 いや、もっと後ですよ。僕は80年入団だから11年違います(笑)。

大島 ええ! 俺とウシって、そんなに離れているんだっけ。もうちょっと近いと思った(笑)。

牛島 いえいえ、大先輩です(笑)。

大島 80年は、俺が交通事故で死にかけた年だな。ウシが入ってきたときはよく覚えている。天下の進学校・浪商高からのドラフト1位だからね(笑)。まあ、浪商関係者には申し訳ないけど、どんなすげえワルがくるかなと思ったら(笑)、華奢(きゃしゃ)な優男だった。体型は、いまも変わってないな。

牛島 そうですね。

大島 プロで戦う選手なら誰でも必ずあるんだけど・・・

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中日、日本ハムで主軸打者として活躍し、日本ハムでは監督も務めた大島康徳氏が自らの一風変わった野球人生を時に冷静に、時に熱く振り返る連載コラム。

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